ありおん

Aoide Production代表。”文化の創りかた”ブログ管理人。 Vyond、Premiere proで動画制作|HP制作|楽曲制作|ブログ|新しい文化をカタチに!仕事依頼はAoideProductionホームページをご覧ください。

作曲家

マルティン・ルターはなぜ讃美歌を作ったのかールターの思想と音楽

今日は、マルティン・ルターがなぜ讃美歌を 作曲したのかについて探究してみたい。   マルティン・ルターの番人司祭主義(思想)   まず最初にこちらの動画をご覧いただきたい。 https://youtu.be/eY8rQTpCvWg   マルティン・ルターは 言わずと知れた宗教改革者であり、 プロテスタントの創始者であり、 「聖書主義」「万人司祭主義」を 唱えた方として有名である。   当時のカトリック教会の免罪符を用いた 資金集めの方法に疑念を持ち、 「95か条の論 ...

作曲家

メンデルスゾーンによるバッハ《マタイ受難曲》復活上演の音楽史的影響

今日は、フェリックス・メンデルスゾーンに ついて探究したいと思う。   メンデルスゾーンの生涯と多面的才能 フェリックス・メンデルスゾーン (1809年 - 1847年)は、 北ドイツの港町である ハンブルクで、 銀行家アブラハム・メンデルスゾーン の長男として生まれた。 その幼少時は、裕福で愛情と教育の行き届いた 家庭に育ったようだ。 メンデルスゾーンはその短き生涯を 通して、音楽家としては珍しきまでに 幸福であった。   一八〇九年二月三日ハンブルクの 富裕なる銀行家 アブラハム・ ...

音楽論

プトレマイオスの天動説と宇宙の音階ー音楽のハーモニーと『ハルモニア論』

今日は、プトレマイオスの 『ハルモニア論』について探究してみたい。 プトレマイオスとヨハネス・ケプラー 前回、アリストテレスと音楽 について探究したが、 その後の音楽論的系譜としては、 ピュタゴラス派で学びつつ、 アリストテレスの弟子となり、 『ハルモニア原論』を書いた 逍遥学派の哲学者、 アリストクセノス(紀元前375ー335)が 挙げられるだろう。   それから500年後、 エジプトのアレクサンドリアにて、 2世紀に生まれて天文学の権威となった クラウディオス・プトレマイオス (A.D.83 ...

音楽論

アリストテレスと音楽の名言ー音楽が人格に及ぼす影響『政治学』より

今日は、アリストテレスと音楽について 探究してみたいと思う。   アリストテレスが説いた音楽が人格に及ぼす影響   アリストテレス(前384年 - 前322年)は、 古代ギリシャの哲学者として、 また「万学の祖」として有名であり、 プラトンの弟子、ソクラテス、プラトンと共に 西洋最大の哲学者の一人といわれる。   また、アレクサンダー大王の 家庭教師だったことも有名である。 プラトンの死後、 教え子アレクサンダーが大王に即位後、 アテナイにおいて 学園「リュケイオン」を開設し ...

音楽論

<ムーシケーとは>ソクラテスと音楽の名言ーギリシャ哲学における音楽による魂の教育

今日は、ムーシケー、 そしてソクラテスと音楽について 探究してみたいと思う。   ソクラテス(紀元前469年頃 - 紀元前399年)は、 古代ギリシャ、アテナイの哲学者であり、 「哲学の祖」として釈迦、キリスト、孔子と並び 「四聖」と称えられる偉人である。   デルフォイの神託所において、 もっとも知恵あるものが ソクラテスであるという神託を受け、 「自分は何も知らない」ということを 自覚しているという 「無知の知」をもとに 他の知者を自称する人々を 次々と論破していったことは有名であ ...

作曲家

パパ・ハイドンの性格とモーツァルトとベートーヴェン<二人の天才との関係>

今日は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンと 二人の天才、 モーツァルトとベートーヴェン について探究してみたい。   パパ・ハイドンの人生と性格 フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは 1732年3月31日、オーストリアの ローラウという村で生まれた。 父マティアスは車大工で、 母マリアは料理女という家で、 第二子(長男)として、 愛称はゼッパールと呼ばれていた。 一日の仕事が終わると、ハイドン一家は 集まって父マティアス自慢の ハープを奏でながら、 民謡などを合唱するのが習慣だったという。 ハイドン家の子 ...

作曲家

ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」に込められた魅力と時代精神ー難聴との闘いと不屈の闘志

今日は、ベートーヴェンの「運命」に 込められた魅力について 探究してみたい。   ベートーヴェンの少年時代   ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770年~1827年)に 神聖ローマ帝国ケルン大司教領(ドイツ) のボンにおいて、 父ヨハンと母マリアの第2子として 誕生した。 祖父ルートヴィヒ・ ヴァン・ベートーヴェン (同姓同名)がボンの宮廷楽長として 影響力があり、ベートーヴェン一家は 祖父の援助により生計を立てていた。 ベートーヴェンの父ヨハンも宮廷歌手 (テノール)だった ...

歴史・人材論

キャリアコーチングが転職や副業を悩む20代にお勧めな理由3つ【個人主体で気軽に相談できる!】

「給料が大幅に上がる見込みもないし、副業をやっている人と差が開きそう」なんて思っていませんか? 同じ学校を卒業した友人も、20代後半になるといろんな意味で差が開いてきますよね。何かやらなきゃと不安に駆られることもあるでしょう。 そんなあなたの為にオススメのサービスを紹介します! 転職や副業を悩むあなたへ【なぜ今キャリアコーチングの需要が増えている?】 2024年現在、世界経済と企業を取り巻く環境は変わり続けています。 高度成長期時代から培った企業カルチャーや終身雇用が崩壊し、新卒で入社した会社に滅私奉公す ...

作曲家

チャイコフスキーの『悲愴』解説ー交響曲第6番第4楽章にみる人生の苦悩と悲哀

今日は、チャイコフスキーの生涯を紐解いて、どんな人生を送り、その生涯からなぜ彼の音楽のような美しい、そして悲しい音楽が生まれたのかを探究してみたい。 チャイコフスキーの生い立ちから青年期まで 1840年5月7日、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーはロシアのウラル地方ヴィトキンスクで次男として生まれた。 父は鉱山技師で工場長のイリヤ・ペトローヴィチ・チャイコフスキー、母はアレクサンドリアといい、18歳年下のイリヤの二人目の妻であった。 母は鋭い感受性の持ち主であり、その感受性はピョートルにも受け継がれた ...

作曲家

ブルックナー【交響曲第4番ロマンティック】にみる飽くなき探究心と完璧主義

2024年は、アントン・ブルックナー 生誕200年の記念すべき年である。 今回は、交響曲と宗教音楽の 大家として知られるブルックナーの 生涯について触れてみよう。 ブルックナーの少年期とカッティンガーとの出会い 1824年9月4日、リンツ近郊の村アンスフェルデンに生まれた。 父は同名のアントン・ブルックナーで 小学校の教師、オルガニストであった。 母は地主の娘テレジアで、11人兄弟の長男として 生まれたが、そのうち6人は夭折し、 幼心に死というものを深く心に刻んだのである。 「トーネル」と呼ばれたブルック ...

神秘思想

アムピーオーンのギリシャ神話にみる音楽の力ー音楽の力による重力を克服する奇跡

今日は、音楽の力による奇跡現象について 探究してみたいと思う。 みなさんは、ギリシャ神話の アムピーオーンをご存知だろうか。 ギリシャ音楽を探究するうちに、 ギリシャ神話に見る音楽について、 神話ではあるが一片の真理も含まれているのではないか というふうに感じたので、少し触れておきたい。   アムピーオーンのギリシャ神話にみる音楽の力   アムピーオーンの神話は、こんなストーリーである。 ゼウスとアンティオペーの双子の息子であるアムピーオーンとゼートスは、小さいうちにその命をうばおうと ...

作曲家

モーツァルトのレクイエムと魔笛ー楽曲に込められた死生観とフリーメイソン

今日は、モーツァルトの死生観と フリーメイソンについて探究してみたい。   神童モーツァルトと門外不出の名曲”ミゼレーレ”   言わずと知れた大作曲家、 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト は、1756年1月27日、 ザルツブルクで生を受けた。 当時は兄弟のなかで 幼少時に亡くなった者のほうが多く、 生き残ったのは姉のナンネルと モーツァルトの2人のみだった。   父親のレオポルトも音楽家であったが、 小さなモーツァルトの 音楽の才能を見抜くと、 とても驚き、そして喜び ...

音楽論

自然治癒力を促す音楽のリズムとハーモニーー音楽は人の気性を変える助けとなる

皆様、こんにちは。 今日は、音楽と心と体の関係について 探究してみたいと思います。   自然治癒力を促す音楽   いつも聴いている音楽は、どんな音楽ですか? 私がよく聴いているPOPSなどでも、 聴くと気持ちが元気になったり、心が落ち着いたり、 安らかで平和な気持ちになったりします。   普段何気なく、好きで聴いている音楽が、 私たちの心にさまざまな影響を及ぼしていると 知っていたら、どうでしょうか? やはり、音楽が人の心に影響を及ぼすものだと思うと、 良い影響を受ける音楽を ...

ワーグナー

作曲家

ワーグナーの掲げた「総合芸術論」と楽劇(オペラ)の理想ー世界を救う「革命」

今日はリヒャルト・ワーグナーの 総合芸術論について探究してみたい。   ワーグナーといえば 19世紀ロマン派オペラの頂点であり、 英雄的なゲルマン神話をモチーフにした楽曲の 壮大さに聴き惚れる方も多いだろう。 ワーグナーの人生も壮絶な人生であり、 自身のオペラを自分の 想定通りに演奏するために、 当時の王の支援を得て バイロイト祝祭のオペラ劇場を 建設してしまったり、 オペラの台本もすべて ワーグナー自身が書いていた ということからも音楽に限定しない 才能が伺える。   また、2度の結 ...

音楽論

古代ギリシャの神話と政治・文化<時代背景>ー古代ギリシャ人にとっての音楽とは

今日は、古代ギリシャの時代背景について 探究してみたいと思う。 このシリーズで探究したいことは、 光の天使としての音楽家の生涯、 創作物としての楽曲、 そしてその音楽がもたらした影響力である。 その意味では、音楽というものを語るうえで、 その音楽の楽曲のみを聴いて語ることは、 その音楽を味わうための半分ほどしか 本当は味わっていないのではないだろうか、 という思いが湧き上がってくる。 例えば、アメリカの戦後、 ベトナム戦争が行われていた時期だからこそ ヒッピーカルチャーや反戦ソングが生まれたように、 音楽 ...

作曲家

音楽の父バッハの凄さとフーガの技法<天球の音楽>ー平均律がもたらしたイノベーション

今日は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの凄さと フーガについて探究してみたい。 バッハの凄さ①平均律の普及に貢献   ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685年 - 1750年)は、 バロック時代と言われる 絶対王政時代の時代に生まれた。   そして、バッハが生まれた家族は 代々の音楽家の家系であり、非常に多くの 音楽家を輩出し、オルガンも 一族から学んでいた。 バッハが考えていたのは、 キリスト教的神学観から来る世界観であり、 音楽というものは 神を讃えるためのものであると 固く信 ...

作曲家

ヘンデルの「メサイヤ」ハレルヤコーラスと人間賛美の精神ー英語オラトリオの”詩と音楽”のハーモニー

今日は、 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル について探究してみたい。   ヘンデルの多彩な才能と音楽ビジネス   ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルは、 1685年ドイツのプロイセン領ザーレ河畔の ハレに生まれた。 ヨハン・セバスティアン・バッハが 同じ1685年に ドイツのアイゼナハに生まれたので、 二人は同い年であり、代表的なバロック時代の 音楽を創り上げた人物であることは、 皆さんご存知の通りであろう。   当時の音楽界では、 バッハよりヘンデルのほうが 有名だったようで ...

作曲家

シューマンの生涯と詩人の恋「美しい五月に」ークララとのロマンスと結婚への苦難

今日は、シューマンについて探究してみたい。   ローベルト・シューマンは ベートーヴェン亡き後、 19世紀の音楽文化を推し進めるために 尽力した音楽家である。 新しい詩的音楽の時代を理念に掲げ、 作曲活動、そして評論活動を 通して音楽のなかにある真理を探究し、 音楽を単なる楽しみや娯楽でなく 芸術理念のもとに創作した 先駆者のひとりであると言ってよい。   シューマンの生涯(前半生)   1810年6月8日、 プロイセン王国のツヴィッカウで 父アウグスト・シューマンと 母ヨハ ...

作曲家

ブラームスの性格と音楽における霊感ー内なる神性の輝き(本人が語ったインタビュー)

今日はブラームスの性格と音楽における 霊感を探究してみたい。   J.S.バッハ、ベートーヴェンと並んで ドイツ音楽における三大Bとも称される ヨハネス・ブラームス。 1833年5月7日にハンブルグに生まれたが、 19世紀の音楽史において シューマンやクララ、ワーグナーなど 他の音楽家との関わり合いから、 後世への影響につながっていく様は 非常に興味深く、 また音楽史上でも系譜を継ぎつつ 高みを作った一人であると感じる。   以前書いたシューマンの記事でも紹介したが、 楽曲を発表せず実 ...

作曲家

ショパンのノクターン 2 番と生涯(前半生)ーポーランド民謡の影響

今日はフレデリック・ショパンの生涯について 探究してみたい。   ショパンの生涯(幼少時)と父の教育方針   フレデリック・ショパンは1810年3月1日、 ワルシャワ郊外の小村ジェラゾヴァ・ヴォラで 生まれた。 父ミコワイと母ユスティナの間には 4人の子供に恵まれ、その中では 長男フレデリック、長女ルドヴィカ、 次女イザベラ、三女エミリアと 男一人で女兄弟が3人であった。 敬虔なカトリック信徒であった 母ユスティナから、 聖歌やキリスト教の教えなどを 教えてもらいながら成長し、 母と姉 ...

作曲家

シューベルトのあだ名の変遷と性格「アヴェ・マリア」とリートの輝き

今日は、フランツ・シューベルトの歌曲 について探究してみたい。   シューベルトのあだ名と性格 フランツ・ペーター・シューベルト (1797年~1828年)は、 ウィーン郊外のリヒテンタールに、 教区の教師である父フランツ・テオドールと 料理人だった母エリーザベト・フィッツの 第12子として生まれた。   シューベルトの幼少時のあだ名は フランツルと呼ばれ、 内気で内省的な子供であった。 シューベルトは小さい頃、父テオドールから 音楽の手ほどきを受け、 家族で器楽を演奏するのが 楽しみ ...