音楽は娯楽である。
好きなものを好きなだけ聴けばいい。
たいていはそう考える。
だが、聴いた音楽の価値観は、
知らぬ間に心に染み込んでいく。
今日は、音楽や歌詞が心に与える
影響について探究したい。
音楽が若者の心に与える悪い影響とは
私は今までクラシックからジャズ、
ボップス、ロック、メタルまで、
いろんなジャンルの音楽を聴いてきた。
このブログを読んでおられる皆様も、
いろんな音楽を聴いておられると思う。
その経験のなかで、
特に若い頃聴いていた音楽については、
歌詞や音の持つ波動に
影響を強く受けていたと感じることがある。
具体的にはロックやメタルなのだが(笑)。
音楽の好みが変わると、
心の状態も変わる。
いや、順序は逆かもしれない。
年を取って丸くなったから、
好みが変わったのかもしれない。
心地よいと感じる音楽は、
年代によって変わってきたように感じる。
ヘヴィメタルを聴いていた頃、
力を求めて人とぶつかることもあった。
体から湧き上がる衝動は、
ある意味破壊的なものだったかもしれない。
プラトンは
このような言葉を残している。
プラトンは、悪い芸術が大衆に
与える影響について
強い調子で述べている。
「われわれの国の守護者たちが、
ちょうど悪い毒をもった牧草地の
中で育てられるように、
悪しきものの似像の中で
育てられて、
そうした多くのものから日々
少しずつ摘み取っては
食べているうちに、
つもりつもって知らぬまに大きな
悪の堆積を、自分自身の
魂の中につくり上げる」
(藤沢令夫訳)。(中略)
いま論じているケースでは、
その邪悪な部分というのは、
多くのポピュラー音楽の歌詞に
見られる浅薄で誤った世界観の
なかに潜んでおり、それが
マス・メディアによって
大衆に広められている。
もう一つの邪悪な部分は
その音楽そのもののなかにある。
引用:『星界の音楽』P.180
プラトンによれば、悪しき芸術、例えば
悪い影響を与える音楽は、
食べ物のなかに少しずつ
毒が含まれているようなもので、
積もり積もると知らぬ間に
魂に悪影響を及ぼし、
その音楽の傾向を創り上げる
と述べられている。
一口で倒れる毒ではない。
毎日の食事に混じる毒である。
以前にも述べたが、
「商業主義」=売れれば善という考え方
によって、多くの音楽が広まっている。
そのなかには、
音楽そのものが破壊的なものもある。
歌詞の内容が浅薄な価値観のものもある。
それを、流行しているということで、
無防備に受け入れてはいないだろうか。
そして、その音楽を繰り返し聴くうちに、
その価値観に知らず知らずのうちに
染まってしまうこともあるのではないか。
音楽が心に与える悪い影響① 好きな音楽の価値観は心に染み込んでいく
ポピュラー音楽、さらには
マス・カルチャー一般がもつ
弊害としてまたあげられるのが
その中毒性である。
それは個人から、しかもしばしば
子供のうちに、
選択と拒絶の能力を
奪ってしまう。
具体例としては、子供や
大人のテレビ中毒、
家庭や職場にいたるところで
BGMとして用いられている
ポップ・ミュージックのことを
思い浮かべればよい。
言葉で表現されたものであろうと
音楽で表現された
ものであろうと、
陳腐、凡庸、いかさまの感情に
常にさらされ続けていると、
やがて感覚が麻痺してくる。
歯医者の治療室にいるのだったら
それもよかろうが、
これはどちらかといえば、
人間にとってよりは、
プラトンの文章にみられるような
家畜にとってふさわしいものだ。
引用:『星界の音楽』P.181
音楽が好きになるきっかけは、
若い頃周りにあった音楽だったりする。
衝撃を受けるような音楽に出会って、
ハマってしまうこともあった。
ここで言いたいことは、
音楽や歌詞が心に与える影響に対して、
現代の人々はあまりにも無防備なのではないか
ということだ。
音楽は、人々の心に直接作用して、
影響を及ぼす力がある。
みんながそれを認識していれば、
自分が聴く音楽も
考えたうえで選択するだろう
(何を選ぶかは自己責任)。
子供に聴かせる音楽も違ってくるだろう。
特に音楽の歌詞は、
メロディーに乗って直接心に響いてくる。
詩や小説なら、繰り返し読んでも数回だろう。
だが歌は、何度でも
ヘヴィーローテーションで
繰り返し聴いてしまうことになる。
信仰もある意味、
好きという感情に似ていると
聴いたことがある。
その音楽が好きという感情は、
それが強烈なファンとなると
その音楽の歌詞を受け入れ、
音楽家の個性や価値観を受け入れ、
そしてそれをまねようと
してしまうのかもしれない。
音楽が心に与える悪い影響② 歌詞は人間の倫理に影響を及ぼす
古のプラトンが賢明にも
考慮していたように、
音楽ほど、人間の倫理を良きにも
悪しきにも左右する力の
あるものはありません。
実際、音楽というものが、
私たちの心をこちら側にも
あちら側にも動かすことのできる
神聖にして驚くべき力を
秘めていることを、
私たちは体験的に知っています。
聖パウロが言ったように、
あらゆる悪い言葉は
良いならわしを
台無しにしますが、
それに〔悪質な〕メロディーが
加わるなら、
事態はさらに悪化し、
より強靭な力で私たちの心を
突き刺し、心に侵入してくる
ようになります。
その様子は、ろ過器を通して
葡萄酒が器に注がれるが
如きものであり、
このようにして、
〔悪質な〕メロディーを通し、
心の奥深くに腐敗の毒液が
したたり落ちていくのです。
聖なる歌は、私たちをして、
神への祈りそして
讃美へと向かわしめ、そして、
この御方を愛し、畏れ、
栄誉を帰し、栄光を捧げるべく
神のみわざを黙想するよう、
私たちの心を駆り立てます。
引用:『詩篇歌への序言』(by ジャン・カルヴァン、1543年)
改めて述べられていることは、
音楽には人々の心を良い方向にも
悪しき方向にも動かす力がある
ということなのだ。
そして歌詞というものは、
人間の倫理にも大きく影響を及ぼす。
この音楽の力を知ったならば、
この音楽を自らの力を高めるために、
そして信仰や善き性質を伸ばすために
使うこともできるのではないだろうか。
そんなことを考えて音楽を聴く人は
いないだろう。
それでも、なるべく
心に良き影響を与える音楽を
聴きましょうという提案である。
しかし、思えばポップスやロックは、
この100年間で創られた音楽である。
だが、その議論ははるかに古い。
2500年前の古代ギリシャの
プラトンの時代に
すでに音楽論としての
歌詞とメロディの影響が
説かれており、
普遍的なる音楽を目指す
という意味であるならば、
新時代のミュージックとは
どのようなものか、
探究していくことが必要であろう。
音楽は娯楽である。
その一言で片づけてきたものを、
人は2500年前から、
魂の問題として論じてきた。
好きに聴けばいい。
ただし、何が染み込むかを
知ったうえで。
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