音楽は、曲だけを聴いても
半分しか味わえない。
今日は、古代ギリシャの
時代背景について
探究してみたいと思う。
このシリーズで探究したいことは、
光の天使としての音楽家の生涯、
創作物としての楽曲、
そしてその音楽がもたらした影響力である。
その意味では、
こんな思いが湧き上がってくる。
音楽というものを語るうえで、
その音楽の楽曲のみを聴いて語ることは、
その音楽を味わうための半分ほどしか
本当は味わっていないのではないだろうか。
例えば、アメリカの戦後。
ベトナム戦争が行われていた
時期だからこそ、
ヒッピーカルチャーや
反戦ソングが生まれた。
音楽を語るうえでその曲が創られた
時代背景を知ることは、
なぜその時代にその音楽が創られたのかを
知ることにつながる。
というわけで今回は、
音楽というよりも古代ギリシャの
歴史の概略という形になるが、
時代背景を探究してみたい。
古代ギリシャのヘルメス神話
前回は、
古代ギリシャとヘルメスについて
語った。
そのヘルメスは、ギリシャ神話では
リュラーという楽器を発明した神
として知られている。
・ギリシア神話によると、
リュラーを発明したのは
若き神ヘルメースである。
彼は大亀の甲羅 (khelus) を
動物の皮革とアンテロープの
角で覆った。
大亀の甲羅に、動物の皮革と
アンテロープの角。
身のまわりにあるものを
組み合わせて、
一つの楽器が生まれている。
考えてみれば、
楽器の発明というのは、
音楽の歴史を大きく変えるものであり、
神からの贈り物と言っても過言ではない
といえるだろう。
古代ギリシャの時代背景と賢人ソロン
まず、古代ギリシャの歴史について
分かりやすい解説動画があるので
ご覧いただきたい。
さらに時間がある方は
次の世界史動画をご覧いただきたい。
(※時間のない方は飛ばしてください)
なかなか受験生でもなければ、
世界史の授業としてこのような
内容を観ることも少ないだろう。
私はこの動画を観て、
改めて発見と感動があった。
借金等「ホロイ“horoi”」に
象徴される契約。
それを履行できず、
奴隷化されていたアテナイ人がいた。
この賢人ソロンは、
その全てを解放したということだ。
賢人ソロンが奴隷化された
アテナイ人を解放し、
リンカーンが奴隷解放宣言を行ったことは
非常に興味深い。
時代も場所も遠く離れた二人が、
同じことをしている。
古代ギリシャの政治とハンナ・アーレントの理想
では、古代ギリシャのポリスの
代表格であったアテナイは、
どのような政治を
行っていたのだろうか。
世界史動画でも語られていたが、
直接民主制として、
一定年齢以上の成人男性が
多数決で決める民主制が
とられていた。
そして、
「自由の創設」を目指した
哲学者ハンナ・アーレントは、
古代ギリシャのアテナイを
理想とした。
男性のみという限定はあるが、
そこには政治参加の自由という
「自由」があった。
そして、デルフォイの神託に
見られるように、
ギリシャの神々への
「信仰」があった。
ゆえに、
古代ギリシャのアテナイは、
「自由」「民主」「信仰」が揃った
都市国家であったのだ。
古代ギリシャの文化・時代背景と音楽
では次に、
文化について概略を語ってみたい。
古代にも、
洗練された音楽を作り、
楽しんでいた人たちは
大勢いたということだが、
その中でも音楽に関して
特に進んでいたのは、
古代ギリシャの人たちである。
他よりも頭一つ抜け出ていたと
言ってもいい。
現代人を除けば、
人類の歴史の中で、
古代ギリシャ人ほど、
音楽を大切にし、
音楽を楽しんだ人たちは
いないだろう。
彼らは音楽を聖なるものとして
崇めていたともいえる。
彼らの文化は、
紀元前八〇〇年ごろから
ローマ帝国に吸収されるまでの
何百年にもわたり、
南東ヨーロッパから
近東に至るまでの地域を
支配した。
英語の「ミュージック」
という単語も、
古代ギリシャ語で文芸を
意味する言葉
「ムーシケー」に由来する。
そして、
ムーシケーを司る九人の女神が
「ムーサ(ミューズ)」である。
引用:『音楽の進化史』
ここでは、
古代ギリシャ人ほど、
音楽を大切にし、楽しみ、音楽を
聖なるものとして崇めた人はいなかった
と説かれている。
音楽に言及した古代ギリシャ人の
思想は次回に譲るとして、
古代ギリシャ人の文化、
音楽がどんなものであったのか。
・古代ギリシャ人は、
音楽を芸術であると同時に
科学でもあると考えていた。
そのため、
音楽の成り立ちに関する
精緻な理論を構築し、
音楽の背後に存在する法則を
見つけようとした。
・音楽を学べば
より良い人間になれると
信じていた。
より寛容で、
気高い人間になれると考えた。
古代ギリシャでは、
音楽は芸術であると同時に、
科学でもあった。
調和(ハルモニア)を司る法則。
そして、
“天球の音楽”といわれる思弁的音楽。
これらを語っていたのが、
ピタゴラスをはじめとした数学者。
アリストテレスなどの
哲学者たちであった。
そして、音楽はまた
儀式に欠かせないもので
あった。
古代ギリシャにおいて音楽は、
儀式の欠かせない
要素となっていた。
一世紀から三世紀頃の人とされる
アリステイデース・
コインティリアーノスは、
当時のギリシャ人の
生活についてこのように
書いている。
「人が集まって何かをする時、
そこに音楽がない、
ということはおよそあり得ない。
神に捧げ物をするときには、
伴奏付きで聖歌が歌われるし、
街で何かめでたいことがあって
お祝いをする時にも
音楽は欠かせない。
戦争で軍隊が行進する時にも、
秩序を保ち、
兵士を鼓舞するために
音楽が演奏される。
帆を立てて船を出す時、
船を漕ぐ時、
何か難しい手作業をする時、
音楽による励ましがあれば、
仕事の負担が軽くなったように
感じられる」
引用:『音楽の進化史』
古代ギリシャでは、
アテナ神に捧げられた
パンアテナイア祭。
デュオニーソス神に捧げられた
ディオニューシア祭。
オリンピックの発祥となった
オリュンピア大祭など。
すべて神々に捧げるために、
儀式が行われていたのだ。
そして、古代ギリシャでは
歌のコンテストや演劇を生み出し、
ミュージカルの原型も作っていた。
・歌のコンテストが
開催されていた。
コンテストで優勝すれば
賞金や賞品を手にできるため、
大勢の人がコンテスト優勝を
目指して音楽家として
活動していた。
・ヨーロッパ流の
演劇というものを生み出したのが
古代ギリシャ人である
ということだ。
ミュージカルの原型も
彼らが作った。
古代ギリシャ人にとって
音楽(ムーシケー)とは本来、
「詩」・「舞踊」・「音楽」が統合した
形を示すものであった。
最後に、
古代ギリシャ人は楽器も
数多く発明した。
・古代ギリシャ人がオルガンを
発明した。
発明したのは、
紀元前三世紀の科学者、発明家、
クテシビオスである。
このクテシビオスが発明した
「水オルガン」は、
タンクに入った水の圧力で
パイプに空気を通す原理で
音を出した。
・ギリシャ人が作り出した
楽器で、とくに愛用された
楽器はアウロスという。
これは今日の
オーボエに似た楽器と
言われている。
・ギリシャ人が
最も多く用いた弦楽器は、
キタラである。
キタラは長い長い
弦楽器発展史の、
ひとつの先祖ともいえる
楽器である。
キタラは 7弦のリュラーが
職業用に変化したものである。
民衆楽器として使われた
より単純な「リュラー」
とは違って、
キタラーは主として
演奏専門の楽人が使用した。
冒頭で紹介した
ヘルメスの竪琴(リュラー)。
それをはじめとして、
古代ギリシャ人がオルガンを
発明したということも驚きである。
ハンナ・アーレントは
古代ギリシャの政治を理想としたが、
楽器の発明は神からの
贈り物といわれるように、
音楽を聖なるものとして崇め、
音楽を愛し楽しんだ
古代ギリシャの文化・音楽もまた、
私たちが目指す理想型の
一つなのかもしれない。
自由と、民主と、信仰と、音楽。
それが揃っていた都市国家で、
人々は音楽を何だと
考えていたのだろうか。
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