リズムと調べというものは、
何にもまして
魂の内奥へと
深くしみこんでいき、
何にもまして
力づよく魂をつかむ
ものなのであって
(プラトン『国家』藤沢令夫訳)
プラトンの『国家』で、
ソクラテスが語る言葉である。
音楽は耳を楽しませるだけではない。
人の魂そのものを形づくる。
古代ギリシャの人々は、
本気でそう考えていた。
いまの私たちは、
音楽を流して聴くことが多い。
再生して、また次の曲へ。
その手軽さと、
魂を育てるという考え方。
二つの間には、
二千五百年分の隔たりがある。
この記事は、
当サイトの音楽論カテゴリーで
書いてきた11本の地図である。
ピタゴラスから、
二千年あまりのちのケプラーへ。
そして現代の歌と心へ。
音楽をめぐる一つの問いが、
どう受け継がれてきたかをたどる。
古代ギリシャ人にとって音楽とは|ムーシケー
音楽を意味する英語の
「ミュージック」。
その語源とされるのが、
ギリシャ語の「ムーシケー」だ。
技芸や文芸、学術を司る
女神ムーサに由来する。
ただしムーシケーは、
音楽だけを指す言葉ではなかった。
詩・音楽・舞踊の三つで一つ。
詩に節をつけ、
皆で踊るものだった。
やがて詩と舞踊が抜け、
音楽「だけ」が残った。
その音楽を生んだ時代は、
どんな社会だったのか。
ヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴。
水の圧力で鳴る水オルガン。
政治参加の自由と、神々への信仰。
曲だけを聴いても
半分しか味わえない。
そう考えて、
まず時代背景から探究した。
パンアテナイア祭や
オリュンピア大祭は、
どれも神々に捧げる祭りだった。
歌のコンテストも開かれ、
優勝すれば賞金や賞品が出た。
演劇を生み、
ミュージカルの原型を作ったのも
古代ギリシャ人である。
音楽は、聖なるものであると同時に
暮らしの中心にもあった。
数と宇宙|ピタゴラスと天球の音楽
ピタゴラスと聞いて思い出すのは、
直角三角形の定理だろう。
紀元前6世紀の人で、
南イタリアのクロトンに
秘密主義の教団を開いた。
魂の生まれ変わりを信じ、
神聖なものとの同化を
人生の目的とした人でもある。
その数学者が、
鍛冶屋の叩く金属音を聴いて、
一つの問いを抱いた。
なぜこの二つの音は、
美しく響くのか。
答えは数の比にあった。
8度は2対1、5度は3対2、
4度は4対3。
5度と4度の差の9対8を、
全音の単位とした。
響きの美しさを、
数で言い表したのである。
ピタゴラス音律と呼ばれる。
この発見は、
弦の上にとどまらなかった。
音を調和させる数の法則が、
天体の運行も統べている。
天球とは、聴くことのできない
音楽である。
宇宙と人間の魂は、
同じ構造をしている。
ピタゴラス派はそう考えた。
一つの小さな問いが、
宇宙の設計図にまで届いた。
人は見えないものを理解するとき、
音を頼りにするのかもしれない。
本人は何も書き残さなかった。
秘密主義の教団の教えは、
弟子たちの断片から読み解くほかない。
魂の教育|ソクラテスとプラトン
宇宙と魂が同じ構造なら、
音楽で魂を整えられるはずだ。
その考えを教育に結びつけたのが、
アテナイの哲学者たちである。
ソクラテスとムーシケー
「ソクラテス、ムゥサイの術をなし、
それを仕事とせよ」。
死刑執行の直前、
ソクラテスは夢でそう告げられた。
はじめ彼は、
哲学こそ最高のムゥサイの術だと
考えていた。
だが最期を前に思い直す。
夢が命じているのは、
一般に音楽と呼ばれる方ではないか。
そして、アポロン神への賛歌を作った。
哲学の祖が、最後に選んだのは歌だった。
「無知の知」で
知者たちを論破した人の最期としては、
意外な選択に見える。
冒頭の言葉も、
この記事で紹介している。
『国家』の中でソクラテスは、
旋法の良し悪しまで論じた。
勇気ある人の調子を写すドリア。
節度ある人の調子を写すフリギア。
悲しみや嘆き、
怠惰や柔弱さの調子は退けられた。
記事には三つの旋法の曲を置いたので、
聴き比べてみてほしい。
ムーシケーという言葉の意味を
知りたい方は、ここから読んでほしい。
プラトンと音楽教育
ソクラテスの弟子プラトンは、
師の刑死のあと、
学園アカデメイアを開いた。
ピタゴラスの思想を受け継ぎ、
音楽を魂の調和を促すものと考えた。
プラトンが重んじたのは、
音楽と体育の調和である。
音楽は魂を、
体育は身体を鍛える。
片方ではなく、
二つを混ぜ合わせる人こそ
よき調和を達成した人だという。
アテナイでは賢人ソロンの法により、
市民の男子は
体育と音楽で教育されていた。
よい語り方、よいハルモニア、
よい形状、よいリュトモス。
プラトンは、これらが
人のよさにともなうと書いた。
音楽と体育。
語り方とリズム。
精神と身体。
求めたものは、
つまるところ調和の一語に帰る。
人格への影響|アリストテレス
アレクサンダー大王の家庭教師で、
「万学の祖」と呼ばれる人。
学園リュケイオンを開き、
弟子と歩廊を散歩しながら
議論を交わした。
そのプラトンの弟子も、
音楽は良い人格を創ると説いた。
だから青少年に習わせるべきだ、と。
その主張には、
一つの警告が含まれている。
堕落した音楽を長く聴けば、
堕落した人格になる。
二千年以上前の、
大げさな警告に聞こえるだろうか。
私には思い当たる節がある。
若い頃、ハードロックや
ヘビーメタルに夢中だった。
聴いていた音楽が、
性格や服装、考え方にまで
影響していた。
気づいたのは、
ずっと後になってからである。
仏教や哲学を学ぶうちに、
音楽の趣味が変わった。
それにつれて、人格も変わった。
『政治学』でアリストテレスは、
音楽の性質を三つに分けた。
遊びと休息。
習慣づけによって
性格を形づくる教育。
そして、良い時を過ごすこと。
旋法による性質の違いも
論じている。
古代の音階で曲を創ってみたら、
何が見えてくるだろうか。
宇宙の音階、ふたたび|プトレマイオスとケプラー
アリストテレスの弟子には、
『ハルモニア原論』を書いた
アリストクセノスもいる。
その系譜から約500年後。
2世紀のアレクサンドリアに、
天文学の権威が現れる。
天動説をまとめ上げた
クラウディオス・プトレマイオスだ。
彼はピタゴラス派を
名乗らなかった。
ときには批判的でさえあった。
それでも『ハルモニア論』で、
天球のハーモニーを取り上げた。
旋法が移り変わると、
魂のあり方も移り変わる。
音の響きと精神は、
ここでも一つにつながっている。
この本を、
執筆から1500年以上のちに
読んだ天文学者がいる。
ヨハネス・ケプラーである。
宇宙の音階を記した
第3巻の失われた章。
その復元を試みるうちに、
ケプラーは
大きな発見の糸口をつかんだ。
天動説の本を読んだ人が、
のちに地動説を強める
法則を見つけたのである。
ピタゴラスが鍛冶屋で抱いた問いは、
こうして近代科学の扉を叩いた。
記事では、日本の伝統音楽にも
通じる「完全四度」の話も書いている。
現代の私たちと音楽|問いはまだ続いている
古代ギリシャの音楽論は、
遠い昔の話だろうか。
私はそう思わない。
音楽が心に何をもたらすのか。
その問いは、
いまの歌の中にも生きている。
音楽の価値観は心に染み込む
音楽は娯楽である。
好きなものを好きなだけ聴けばいい。
たいていはそう考える。
だが、聴いた音楽の価値観は、
知らぬ間に心に染み込んでいく。
プラトンは、悪い芸術の影響を
毒をもった牧草地にたとえた。
日々少しずつ摘み取って食べるうちに、
魂の中に悪が積もっていく。
記事ではこの言葉を手がかりに、
歌詞が心に与える影響を探究した。
音楽の好みが変わると、
心の状態も変わる。
いや、順序は逆かもしれない。
そんな迷いも、そのまま書いている。
魂の表現と機械的な表現
ギターを抱えて、
同じ一曲を二度録音したことがある。
一度目はコードを追うだけ。
二度目は歌に念いをのせて。
再生してみると、違っていた。
作曲家と演奏家が分かれていた時代。
自分で作って自分で歌う時代。
いまはDAWで曲を創り、
ボーカロイドに歌わせることもできる。
それでも、同じ曲が
歌う人によって違って響く。
機械が鳴らすか、人が鳴らすか。
差を分けているのは、
どうやらそこではないらしい。
念いが伝わってくる歌
流して聴いている曲の中で、
ときどき一曲だけが
流れ去らずに残る。
HYの「366日」や、
宇多田ヒカルの「初恋」。
歌詞に乗った念いが、
心に直接響いてくる歌について
書いた記事である。
好きな曲にも種類がある。
音が心地よい曲、歌詞に共感する曲、
そして祈りや念いが伝わってくる曲。
試しに、
歌詞だけを声に出して読んでみる。
メロディーを外しても
残る響きがあるかどうか。
音楽と心と体
音楽は娯楽とみなされ、
神を忘れる手段になってしまった。
スーフィズムの本
『音の神秘』には、
そんな一節がある。
音楽をただ楽しむのか、
心と体に作用するものとして選ぶのか。
決めるのは、聴く人自身である。
リズムとハーモニーが
人に与える作用を考えた記事だ。
432Hzと440Hz
いま世界の調律の基準は、
A=440Hzである。
1953年に、国際標準化機構が
国際標準値と定めた。
一方で、
A=432Hzを宇宙の規則性と
結びつける説がある。
この記事で、
ケプラーがもう一度登場する。
彼の第三法則は、
「調和の法則」とも呼ばれる。
天球の音楽を研究した科学者が
見つけた法則だ。
ピタゴラスの問いは、
周波数の議論にまで続いている。
まとめ|魂の内奥へ染み込むもの
ピタゴラスは、響きを数で解いた。
ソクラテスは、最期に歌を作った。
プラトンとアリストテレスは、
音楽で人を育てようとした。
プトレマイオスの本はケプラーに読まれ、
やがて近代科学の糸口になった。
冒頭の言葉に戻りたい。
リズムと調べは、
魂の内奥へと深くしみこんでいく。
二千五百年前の教育論は、
いまも古びていない。
何を聴くかは、
何に染まるかでもある。
私は、音楽には現代人が思うよりもっと神秘的な力が宿っていると考えている。
また宇宙を貫く法則についても音楽が架け橋になるという思想もあり、
古代からの音楽の力について探究している。
その中でも、古代ギリシャの哲学者の方々の思想で、
”音楽の思想が魂にしみこんでいく”という考え方に共感し、
より人の心が明るくなるような
音楽制作を探究していきたいと思っている。
作曲家たちが、
この思想をどう音にしたか。
それは
西洋音楽史の作曲家16人を時代順に
たどった記事にまとめている。



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