ギターを抱えて、
同じ一曲を二度録音したことがある。
一度目は、コードを追うだけ。
二度目は、歌に念いをのせて。
弾いたのは同じ自分で、
歌ったのも同じ曲だ。
それなのに、
再生してみると違っていた。
今日は、
機械的音楽と魂の音楽の差について
探究してみたい。
演奏する人によって感動が違う理由
音楽には、長い分業の時代があった。
作曲家が曲を創り、
演奏家がその曲を演奏する。
20世紀以降は、
自分で作って自分で曲を演奏する
時代となった。
ロックやポップスや
様々なジャンルの音楽が流行り、
現在はDAWで曲を創り、
ボカロに歌わせるようなことも
できるようになった。
楽しみ方は確かに増えた。
一方で、
より機械的な音楽、音が
広まっていることも否めない。
しかしながら、
音楽を聴く人ならみんなわかることがある。
曲が同じでも、
演奏する人によって感動が違うということだ。
同じポップス曲でも、
プロのシンガーが心を込めて歌う。
カラオケで素人が歌う。
その二つでは、
心に感じる感動、
バイブレーションが全然違う。
同じく、
プロの演奏家が心を込めて演奏し、
歌う曲と、
ボカロ曲では、
音楽から受ける感動や印象の違いは、
心があるかどうか、
心の力である。
もっと言えば、
心が出す音色、波長が
調和しているかどうかに
関わってくるということなのだ。
”影響力”という観点から言えば、
唯物論で機械的音楽を好む人の
音楽よりも、
霊的人生観を持ち、
人には心があり魂があり、
心の波動が調和して
天上界に通ずる念いを持ちながら
演奏する人の音楽のほうが
影響力が大きいはずである。
そしてそれは、
打ち込み全盛の音楽の時代には、
より大きな差となって
出てくるかもしれない。
音楽は魂の表現されたものにも機械的な表現にもなる
もちろん、
私自身ボカロで曲を創っている。
DTM、DAWで一人で
完パケまで曲が創れる
便利な時代となった。
打ち込みで曲を創ることを
否定しているわけではない。
有名な作曲家も
DAWで曲作りをされている。
大事なことは、
音楽を創る人、演奏する人の
心の波動であり、
その人の信仰・思想・信条であり、
悟りであろう。
冒頭の録音の話に戻る。
私は弾き語りもよくやる。
一つは、コードを練習して
ギターに意識が行きながら、
ただ歌っている時。
もう一つは、
歌に念いをのせて歌っている時。
この2パターンを録音して、
聴いてみたことがあった。
この実験で分かったことは、こうである。
やはり、
同じ人の同じ曲でも
念いがこもっているかどうかで
聴いている人の印象は全然違う。
エドガー・ケイシーのリーディングには
次のように説かれている。
「作曲で正しいピッチ、
正しいトーンを、
実践的な応用によって
得ている人々のように、
音楽は魂の表現されたものにも、
機械的な表現にもなる。
それは魂から来る
真の調和によって、
完全に理解されるのである。」
引用:エドガー・ケイシー
「驚異の波動健康法」P.158
ここで説かれているように、
音楽は魂の表現されたものにも、
機械的な表現にもなる。
大事なことは、
魂から来る真の調和、
心の調和でもあるのだ。
その念いが、
唯物論的考えに基づいた音であるのか。
それとも、
真・善・美に通ずる音楽を創ろうとして、
愛や勇気や優しさ、
励ましなどの念いを
込めているのか。
それで、
曲を聴いたときに受ける波動が違う。
前者が機械的表現であるならば、
後者は魂の表現としての
音楽になるのだろう。
訴えたいことは、
DAWや音源もうまく使いながら、
音楽に込められた
霊的なパワーや影響を
理解したうえで、
人の心に良き影響を与える
新しい時代の音楽を
創っていきたいということなのだ。
音楽は美と調和を取り戻す力
「音楽は人の生活の中に美と
調和を導入するたくさんのものを
橋渡しするための
大切な表現手段である。それは、
人々の心の混乱によって
失われた美と調和の多くを
自分に取り戻させてくれる
水路である。」
引用:エドガー・ケイシー
「驚異の波動健康法」P.148
大宇宙を統べる調和の法則が
あるならば、
音楽にも美と調和の力があり、
人々の心に美と調和を
取り戻す橋渡しの力がある、
ということなのだ。
まず、
音楽の霊的パワーを引き出すために、
音楽には魂、
心に影響を及ぼす力がある。
そのことを認識しなくては
ならないだろう。
「当時の活動においては、
前にも言った通り、
最初に歌があり、音楽があった。
あなた方は歌うことによって、
当時の体を作っていた
波動以外のものとの結びつきから
体を自由にさせることが
できるのだ。たとえ、
当時よりもずっと
固化した物質にあなたの体が
はまり込んでいても、
それが、色となり、音となり、
活動となる光に体が共鳴するのを
助けてくれる。
そのように、
あなた方は音の探求を
続けなさい。
それは“体の色”と呼べる
発散力が特定の表現を
どう強めてくれるかを、
あなた方が知るためである。」
引用:エドガー・ケイシー
「驚異の波動健康法」P.104
ここでいう体の色とは、
オーラを直接指した言葉である。
人間は肉体に魂が宿った
霊的存在である。
その前提に立つならば、
この世は物質世界であるために、
魂も肉体も、
さまざまな波動から
影響を受けているのだろう。
その中で、
魂や肉体が物質波動に
染まっていることもあるだろう。
それでも、
歌うことは、
霊性と肉体の橋渡しとして、
より正常な波動になるのを
助けてくれる。
”オーラ”といわれる魂の色も、
7色あると言われている。
ある霊視ができるアイドルに
お会いする機会があり、
オーラを見てもらったことがあった。
自分のオーラは、
3色ぐらい混じっていた。
ここからは妄想の域を出ない。
もし自分の魂のオーラの色が
分かったとしよう。
そして大宇宙の調和の法則において、
色と音楽に共通する法則が
あるならば、どうなるだろうか。
自分のオーラの色と
補色関係にある色の光のライトを
当てたり、
オーラの色と相関する調性の
音楽を聴いたりする。
それで人間の心の波動を正常に戻し、
健康にする力が
あるのかもしれない。
音楽と色と魂のオーラの関係は、
引き続き探究していきたいと思う。
機械が鳴らすか、人が鳴らすか。
差を分けているのは、
どうやらそこではないらしい。
聴き手が受け取っているのは
音そのものではなく、
音に託された心のほうなのだろう。
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