calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>

categories

archives

訪問者

ブログパーツUL5

advertisement

advertisement-2

ヘルメス思想と芸術による神の子の証明について

0

    今日は、ヘルメス思想について探究してみたいと思います。

     

     

     

    最近、『ルネサンス・コード』という本を読みました。

     

    一言でいうと、本当に面白い!という内容でした。

     

    本著は、イタリア・ルネサンス時代の

    芸術の思想的バックボーンにある、

    ヘルメス思想の暗号を浮かび上がらせたという意味で、

    非常に興味深く読めました。

     

    人間罪の子として原罪を背負い、

    自由を抑圧された中世キリスト教社会の中で、

    天才芸術家たちがいかにして、人間神の子としての創造の自由、

    人間の尊厳を芸術として表現したか。

     

    ヘルメス思想で説かれるメッセージを芸術に織り込んで、

    この芸術作品に込められた霊的な力が人間性の解放をもたらし、

    時代を変革する力ともなった。

     

    当時のキリスト教の権威主義によっては、

    キリスト教国も収まらず、情勢が不安定で

    閉塞感が漂っていた時代に、

    ヘルメス思想による芸術が時代を変える原動力となったのです。

     

    そしてルターの宗教改革が起き、

    大きな革命に繋がっていったのです。

     

    その意味で、政治の混迷に加え、当時のキリスト教が

    人々を救えなくなっていた時代に、政治・宗教だけではなく、

    芸術文化に込められたメッセージによって

    人々の心のなかに

    時代を変える機運が高まっていったというのは、

    本当に興味深いことです。

     

    『愛から祈りへ』のなかで、次のように説かれています。

     

    「実在界において、ヘルメスはおもに

    二つの役割を果たしています。

    一つは、発展繁栄をつかさどる役割です。

    ギリシャにおけるヘルメスの繁栄が、

    現在まで西洋文明の繁栄を創ってきたという

    事実があるのです。」

     

    「ヘルメスのもう一つの役割は芸術的な部分です。

    ヘルメスは文学や絵画といった

    芸術系統の指導もしてきました。」

     

    昔からギリシャには

    「悪魔は芸術を解さない」ということわざがあり、

    発展繁栄の力が神から出ているものであることを

    証明するために、

    ヘルメスは芸術の領域をかなり強く前面に押し出し、

    絵画や音楽、詩など、

    芸術面から証明を行ったと説かれているのです。

     

     

    その意味で、

    ヘルメス思想には

    芸術による人間神の子の証明を行い、

    文明開化や発展繁栄をもたらす力がある

    ということであり、

    その証明がイタリア・ルネサンス

    でもあったのではないでしょうか。

     

    今日は最後に、第二のルネッサンスへの試みとして、

    昔書いた詩のなかから一つ載せさせていただきます。

     

     

     

    『愛の信念』

     

    ひとよ 

    美しき人生を
    歩みたいなら
    信念を貫け

     

    何のための信念か
    それを心に問え

     

    自己実現のため
    それとも愛ゆえに

     

    逆境に負けず
    愛ゆえに信念を
    貫くとき
    魂が輝きを増す

     

    多くの人の
    心を潤す
    愛の泉が
    湧き出ずる

     

    恐怖に負けて
    信念を曲げるとき
    魂に負け犬の
    刻印が刻まれる

     

    ひとよ
    多くの人を
    幸福にせんがために
    信念を貫くとき
    主の愛のパイプから
    無限の光がほとばしる

     

    主の愛は無敵なり

     

    主の僕が
    愛の行軍をなすとき
    多くの協力者が
    現れる

     

    魂の美しき輝きに
    愛ゆえの信念に
    主の愛を感じとる

     

    愛に敵なし

     

    この世的にどれほど
    劣勢であろうとも
    恐怖は愛に勝てない

     

    魂の永遠を信じよ

     

    愛こそ
    主の働き
    天使たちの使命

     

    主の愛に生きるとき
    この世にて
    いかなる結果となろうとも
    敗れざる者となる
    魂の勝利者となる

     

    愛はすべてを育み
    美しく輝かせる
    最大の力なり

     

    愛の信念を貫け

     

     

     

     

    よろしければ、クリックをお願いします!
     

     にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村

     

     

     

     


    感性からの伝道について

    0
      今日は、感性からの伝道について、探究してみたいと思います。

      ダンテの霊言のなかで、次のように説かれています。

      真理の普遍性、普及性というものを考えた時に、その文学の纏いというものを、やはり使っていく必要がある。そして、芸術的に美しいものであればあるほど、人びとの心に迫り、人びとの心を揺さぶるものとなってゆきます。

      この意味において、やはり芸術性の高さというもの、これは言葉の美しさであるし、言葉運びの美しさでもあるし、全体の構成の美しさでもあるし、胸を打つものでもあるし、こうしたものでありますが、この芸術性の高さという面は、もう少し考えておく必要がある。文学的切り口から入っていくということも大事である。このように思うわけであります。
      (『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

      真理伝道において、真理の普遍性、普及性を考えた時には、
      芸術性の高さという面が必要である。


      ここには、現在の私達の真理伝道の活動を、
      本を読まない層、今までアプローチできていない層にまで
      裾野を拡大してさらにもう一段広げていくためのヒントが
      含まれていると感じます。

      大衆布教において、
      過去の宗教文化で現代まで残っているものは、
      普遍性があり、芸術的に美しいものが多くあります。

      キリスト教の宗教芸術やルネサンス期の絵画など、
      多くの人々の心を揺さぶり、感動を与えることで、
      時代を超えて多くの信者に
      霊的世界と信仰の尊さ、素晴らしさを伝えています。


      『これが「真理と文学」というテーマについてでありますけれども、今後、今言ったように、思想書のみならず、そうした詩、あるいは音楽、あるいは小説、あるいは戯曲、こうした形で、さまざまに真理を書き残していく必要があると思います。そうしたバラエティに富んだ入口をつくることが、より一層大きな普遍性というものを、生み出すようになってくるであろう。』(『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

      これからの真理伝道には、
      思想書のみならず、
      芸術性の高さと文学的切り口で、
      多様な人々の心に宗教的感動を与えることが
      必要であると思います。

      詩、音楽、小説、映画など、
      本をあまり読まなくなった現代人の心に響くテーマで、
      真理を込めて人間臭く描くことも大事だと思います。

      元々生まれながらに天使の方の生涯を描くことも大事ですが、
      平凡な人間が失敗を繰り返しながら人生を生きるなかに、
      真理を悟っていくドラマを描くことも、共感を得るのだと思います。

      作品の奥底に真理の理念が込められ、

      見た人が何が言いたかったのか考えるような作品もまた
      必要なのではないでしょうか。

      様々な趣味嗜好や興味関心にあった、
      バラエティに富んだ真理への誘いの入口をつくることが、
      より一層大きな普遍性を生み出すと説かれています。

      また、ダンテの霊言で、映画、テレビ等視覚に訴える真理の伝道について
      次のように説かれています。

      おそらくこれからの真理伝道ということは、書物、あるいは講演、これだけでは足りない、たぶん足りないと思うのです。ではどういうものが必要かというと、やはり、「視覚に訴えるもの」がなければいけない。視覚に訴えるものが必要であろう。こういうことを感じます。
      その意味において、やがては映画の製作、あるいはテレビ番組の制作、あるいはアニメのようなものが出てきてもいいかもしれない。こうした視覚に訴える伝道方法というもの、これを考えていく必要があると思います。視覚に訴える伝道です。これが必要であると思います。これがなければ、やはり今後、大きな広がりが見えない。このように思います。
      (『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

      これからの真理伝道には、「視覚に訴える伝道」が必要である。

      幸福の科学では数々のアニメ映画を制作しておりますが、
      さらにHSUに芸能クリエイターコースが新設されることになっております。

      まさに主が願われることは、
      本を読む人々だけではなく、
      もっと多くの人々に、
      すべての人々に法を伝えたい。
      世界中の国々の言語も違う人々に、
      人類普遍の真理を伝えたい。という心でいっぱいだと思うのです。


      そのためにこそ、
      新しい伝道方法として、
      芸能クリエイターコースを創られたのではないかと
      感じております。

      ですから、この視覚性、これを大事にしていただきたい。言葉だけというのでなくて、感性に訴えるように。また視覚という眼に見えるものだけでなく、音として聴こえることも大事です。つまり音楽性ですね。このように、人間の興味がある内容、対象、こういうものをトータルに捉えていく。できるだけ大きな範囲で捉えていく。ま、こういう必要があるであろう。・・・特に女性向け、あるいは子供向け、老人向けには、こうしたテレビ、映画の類、これは非常にわかりやすいであろう。ま、こういう感じをうけます。(『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

      視覚性を大事にし、
      言葉だけでなく、感性に訴える伝道をしていくこと。


      視覚だけでなく、音楽など五感に訴えるもの。

      人間の興味がある対象をトータルに捉え、
      そこに真理を込めて伝えていくことが大事
      だと説かれています。

      今は女性の時代とも言われ、
      宗教も女性が主流となっておりますが、
      女性が感性で感じ取って
      信仰の素晴らしさを直感できるような
      芸術作品、映画やドラマが必要になってくる
      と感じています。

      そしてそのような作品が
      世界に広がり、言語の違う様々な国々の人々にも
      信仰の素晴らしさを感じ取っていただけるような
      文化の高みをこの日本に創っていくことが、
      私たちクリエイターを志す者の使命であると感じています。

      多くの方々がこの道を志すことを願っています。


      よろしければ、クリックをお願いします!
       
      にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村

      神の芸術と個性について

      0
        今日は、神の芸術と個性について、探究してみたいと思います。

        ゴッホの霊言では、次のように説かれています。

        「あなた方の真理だとか、道徳だとかいうもののなかには、人との協調を大事にするような気持ちもあるだろうと思うけれども、そうしたものに対する妥協を許さない情熱、こういうもののなかにも、やはり真理はあると思うんですね。この辺を間違えてはいけない。

        結局、人間というものは、自分のなかでいちばん光っているものを中心に、神の芸術を創っていけばよいのです。

        頭のある人は頭を、眼のよい人は眼を、耳のある人は耳を、手のある人は手を、それぞれ自分のいちばん優れたるものを使って、神の宇宙芸術を手伝っていくという考えが大事ではないか、私は、このように思うわけです。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊言より)


        ゴッホによれば、
        ・妥協を許さない情熱のなかにも、真理はある
        ・自分のなかで一番光っているものを中心に、神の芸術を作っていけばよい
        ・自分の一番優れたるものを使って、神の宇宙芸術を手伝っていくという考えが大事

        ということでした。

        また、ピカソの霊言では次のように説かれています。

        「私は「多数決の時代はもう終わった」と思います。多数決の時代は終わって、やはり、優れたる個の時代です。優れたる個性の時代です。優れたる個性が、おそらく時代をリードしていくであろう。私はそう感じますし、それに間違いがないと思います。優れたる個性の時代です。

        そうであるならば、時代をリードしていく人は、優れたる個性を持たねばいけません。優れたる個性というものは、他の者と同じであってはいけない。自分の突出した性格、性質、能力を、思う存分に発揮する。

        そして、社会的に、ある程度、認められる。評価を得て、それ以外の世界をどんどんと出していく。こういうことが大事であろうと私は思います。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ピカソの霊言より)



        この一節は何度かこのブログでも取り上げましたが、
        これからは優れたる個の時代になる、ということです。

        日本人的な組織や人は、出る杭は打たれる、という考え方や調和を重んじる性質があり、
        優れたる個、が出てきにくい文化的な土壌があることは否めません。

        しかし、これからの時代、本当に日本発の文化の高み、真理芸術の高みを作っていくためには、
        妥協をしない優れたる個が、どんどんキラ星の如く輩出され、霊的価値観に基づいた
        芸術作品を生み出し、芸術・文化面から霊性革命を推し進めること
        が絶対必要です。

        そのために、自らの魂の個性の強みをまず発見し、
        その強み、個性の輝きを伸ばし、育てていく、
        そのような環境を作ることがぜひとも必要であると感じます。

        ただし、組織の中では、実績を出してこそ、
        個性がきらめくのだと教えていただいています。


        参考:ヘルメスの7つの成功方程式(ザ・リバティより)
         実績を出してこそ個性がきらめく
         情熱なくして成功なし
         情報を最大の武器とせよ
         他の人の力を生かし切る
         リスクを怖れずチャレンジせよ
         明確なビジョンが人を奮い立たせる
         本当の成功は愛に始まる

        最初から個性を発揮しようとしても、実績がないと周りの人は
        なかなか信用してもらえません。
        方法論として、最初から個性的なことをやって成功しようとするのではなく、
        まずは守破離でその組織のやり方で実績を出し、実力があることを
        証明して、周りの人の信用を得てから、徐々に個性を発揮していく、
        ということも、組織における成功法則の一つです。

        もちろん、芸術家においては、早くから個性を発揮することも
        成功への道です。

        「愛から祈りへ」のなかで、次のように説かれています。

        「オフェアリスが解いたことは、次の三つの柱がありました。
        第一の柱は、「人間は本来、全知全能の神と同一の資質を有している」ということです。

        そして、「人間は、、みずからが全知全能の神と同質であることを証明するために、その才能を百花繚乱のごとく咲かせ、この地上を文明文化の展開の地とすべきである」と彼は説きました。

        すなわち、「人間には才能を開花させる義務がある。それが、神の存在証明や、人間が神の子であることの証明になる」と説いたのです。」



        オフェアリス神は、芸術による人間性の解放を説きました。
        当時のギリシャでは、「悪魔は芸術を解さない」とも言われ、
        芸術的な光を放つことは偉大なる神の子の証明でもありました。

        すなわち、芸術とは人間性の解放であり、神の子の証明でもあるということ。

        神の子としての人間が人間性を解放し、
        それぞれの才能を開花させ、
        その才能を百花繚乱の如く咲かせ、
        この日本に文化の高みを創っていくこと。

        そして、その新文明の文化が世界中に広がり、
        芸術・文化面から霊性革命を推し進めること。

        そのために、
        まずは芸術家から、
        人間性を解放し、
        妥協せず個性を伸ばす環境づくりが
        実現することを、強く願っています。


        よろしければ、クリックをお願いします!
         
        にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村


         

        芸術家の仕事について2

        0
          今日は、芸術家の仕事について、さらに探究していきます。
          ゴッホの霊言では、次のように説かれています。

          「 だから、この世界にはすべてがあるんですよ。絵もある。音楽のような調和もあるのです。それを発見する人が、いるかいないかです、結局はね。美を見てもそれが表現できない人にとっては、写真を撮るのが精一杯であるかもしれない。単に美しかったというだけで、とまるかもしれない。それをあえて、客観的に多くの人にわかるような、そういう普遍的な形にして残すのが、私たち芸術家の仕事であるわけです。美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める。ま、こういう仕事だね。結局は、そういうものです。」(『ピカソ霊示集』ゴッホの霊言より)

          この世界にはすべてがあり、調和も美もある。
          それを発見する人が、いるかどうか。
          それをあえて客観的に多くの人にわかるような普遍的な形として残すのが、
          芸術家の仕事である、ということです。
          また、芸術家の仕事とは、
          美の瞬間を捉える、美の空間を封じ込める、という仕事でもあると説かれています。
          まさに、芸術家は「美」の探究者として、あらゆるものに「美」を見出し、
          それを多くの人々に分かるように表現できる人とも言えるでしょう。
          写真などであれば、美しいと感じる瞬間を捉える、というのは
          わかりやすいかもしれません。
          また、映像であっても美しい瞬間を、空間を捉える、
          それを多くの人々が分かるように映像化する、ということは
          わかるでしょう。
          しかし、どんな瞬間が美しい瞬間なのか、
          どんな空間、どんな情景が美しいと感じられるのか、
          についてはやはり「美」を発見する能力が必要だと感じます。
          ピカソの霊言ではこのように説かれています。
          「霊能者は、天上界にあるアイデアを、インスピレーションとして受けることができます。もちろん、インスピレーションは、頭、あるいはハートで直接にキャッチするものですけれども、それ以外に、目によってキャッチすることもできるのです。あなたがたが見ているものと私たちが見ているものとは、同じものかどうかはわからない。むしろ、私たち芸術家の目は、「美」という一つの概念のもとにおける霊眼、霊的な眼なのです。あなた方が何気なく見すごしてしまうもののなかに、躍動する美を見ることができるのです。」(『ピカソ霊示集』ピカソの霊言より)
          芸術家は、ある意味霊能者でもあり、「美」という概念のもとにおける霊的な眼で、
          普通の人が見過ごすようなもののなかに、躍動する美を見ることができる
          ということです。
          これは、「美」という視点から、目に見える美だけではなく、
          霊的な美を発見する能力が優れているということではないでしょうか。
          優れた芸術家は、目に見える美ではなくその奥に込められた霊的な美を
          発見して、それを描こうとするのかもしれません。
          では、霊的な美とは何でしょうか。
          愛は風の如く第4巻では次のような一節があります。
          「アフロディーテ、私は知ったよ。ほんとうの美というものは、外面のものではないのだ。たとえば、この海が美しく見え、この竪琴が美しく見え、あなたの姿が美しく見えるけれども、それは、外面から来ているものではないのだ。そのなかに魂の輝きがあってこそ、美は本領を発揮するのだ。私は、その事実をはっきりとつかんだのだ。」
          結局、この世界のあらゆるものには神の息吹が宿り、
          生き物にも植物にも魂が宿っている、
          ということを信ずるならば、
          外面的な美を醸し出しているもの、
          内面の魂の輝き、霊的な輝きを見出して、
          それを表現することが、
          芸術家の仕事ではないか、
          と感じます。
          言い換えるならば、
          いかに神の創られた世界の霊的な美を表現するか、
          ということでもあるのでしょう。
          これには無限の深さ、無限のフロンティアが拓かれていると感じます。
          神の創られた世界の霊的な美を発見しよう、
          その神の光の輝きを表現しよう、
          とすることで、
          新時代の真理芸術が生まれてくると感じます。
          よろしければ、クリックをお願いします!
           
          にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村

          美と善悪について

          0

            今日は美と善悪について探究してみたいと思います。

            大川隆法総裁先生は、御法話「逆境経営法」のなかで、
            次の時代のコンセプトは、「美」の探究である
            と説かれました。
            「真」「善」「美」のうち、
            「真」「善」は宗教家等によって探究されてきましたが、
            「美」の探究が次の時代の経営の生き筋になるだろうということでした。
            では、一体、「美」とは何でしょうか。
            いろんな角度から探究する必要があると思いますが、
            今日は「美」と「善」の関係について
            参考書籍をもとに学んでみたいと思います。
            「美」と「善」について、
            ゴッホの霊言 によれば、次のように説かれています。
            「芸術家というのは、結局、美ということを通して善悪を超えねばならんと私は思うんですよ。善い生き方、悪い生き方、善人、悪人、いろいろな考え方はあると思うのだけれども、芸術家というものは、そうした道徳論は超えないといかんね。何を通して超えるかといえば、美を通して超えるんですよ。美というものを通して、この善悪を超えていけるのです。この善悪の陰陽はね、美という観点から止揚され、統合されていくんですよ。(中略)
            善悪を超えるものは美です。これは、どういうことかというと、「神は、なぜ善と悪を創られたか」というふうに考える人も数多くいると思うけれども、結局、「神には、美の観点から善悪を創っておられる面がある。美の観点から、光と闇を創っておられるところがある」ということなのです。それは、「味わいの深いものを創るためにやっている」ということだ。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊言より)
            芸術家の視点でみれば、善悪というものは、美というものを通して超えられるということ。
            神には、美の観点から善悪を作っておられる面がある、ということです。
            なぜでしょうか。
            それは、味わい深い魂の教訓を得るため、
            味わい深い魂の輝きを得るため、
            ではないでしょうか。
            光と闇、善と悪、この陰陽があることによって、
            この世の人生の魂修行のなかで、
            歓びも悲しみも苦しみも生まれてきます。
            喜びだけの世界であれば、苦楽の楽だけの世界であれば、
            魂の足腰は鍛えられず、感動のドラマも生まれません。
            歓びも悲しみも苦しみもあり、
            光も闇もあるこの世という仮の世界で
            魂修行をすることによって、
            感動が生まれ、
            アコヤ貝の真珠のような
            美しい魂の輝きが生まれる、
            ということかもしれません。
            そうであるならば、
            霊的な魂の輝きを増す生き方をすることが
            大事なことではないでしょうか。
            また、霊性の美しさを表現することが、
            善悪を超える道でもあるのではないでしょうか。
            また、「愛から祈りへ」のなかに次のように説かれています。
            「知ることは愛することであり、美しいことは同時に愛でもある。愛のなかには、すべてのよきものが含まれる。それがギリシャ的なる愛の精神だった。」
            「この大宇宙は、人々の生活空間であるこの世界は、ほんとうは、善一元とも善悪二元とも、光一元とも光闇二元とも言えないのです。そこにあるのは愛一元の世界、愛しかない世界なのです。」
            ギリシャ的愛の精神とは、愛のなかに美と知を含む、というものでした。
            ヘルメス神の教えによれば、
            この世界は善悪二元とも善一元ともいえず、愛一元の世界なのだ
            ということなのです。
            ここに、芸術家における善悪は美によって超えられる、という思想と
            共通点を感じます。
            愛のなかに美と知は含まれ、美の観点から善悪を超えるなら、
            芸術家における美の探究とは、
            「愛」の探究でもあると言えるでしょう。
            神の愛、すなわち仏の慈悲こそ、善悪二元の世界を統合するものであり、
            神はあらゆる人生のドラマのなかで、魂を美しく輝かせることを望まれている
            のではないかと感じます。
            よろしければ、クリックをお願いします!
             
            にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村

            芸術の感動の源にあるものとは

            0
               お久しぶりです。
              最近ばたばたと忙しく、ご無沙汰していました。

              やっと落ち着いてきましたので、再開しようと思います。

              やはり、続けてこそ智慧も湧いてくるものですよね。

              さて、今日は「芸術の感動の源にあるものとは」について探究してみたいと思います。


              月刊誌「are you happy?」2013年10月号は芸術特集でした。

              その中の大川隆法総裁ご論考のなかで、次のように書かれています。


              「人に感動を与える芸術のもととなっているものは、意外にも、私は宗教だと思います。
              (中略)美しい言葉が永遠に遺っているところがあるので、宗教というのは、芸術に極めて近いところにあるものではないかと感じている次第です。」


              「芸術というのは宗教に極めて近いもので、実は、神の言葉を書き言葉以外で表現するものが芸術だというふうに、私は考えております。そういう意味で、宗教性が高まれば高まるほど、芸術性も高いものになっていくと思います。」


              古来より、神の言葉は語り継がれ、人々の魂を揺さぶり、感動を与え続けてきました。

              宗教は、神の言葉を伝えるものであり、仏陀やイエス・キリストやマホメットなど、
              何千年も遺っているものには、その言葉のなかに、人種を超えた世界中の人々の魂が救われ、感動してやまない何かがあるのです。


              それは、言葉のなかに、この世ならざる神の光、神の真理が込められているということではないでしょうか。

              大川総裁は、「芸術とは、神の言葉を書き言葉以外で表現するもの」と説かれました。


              そうであるならば、真なる芸術とは、神の光、神の真理を表現するものに他なりません。


              ピカソの霊言(ゴッホの霊示)のなかで、次のように書かれています。


              「やっぱり、何ていうか、芸術の究極にあるのは神ですよ、結局は神なんだ。

              だから、神を描くか、神の創ったものを描くか、神の理想を描くか、結局、最後は、ここだということです。ここを忘れてはいけないよ。

              これがなくて、この世だけに閉じこもっていては、芸術家は大きく育たないのです。「この世ならざるものを見抜いていく」ということが大事です。

              「芸術の究極には神がある」という考えは、決して忘れてはいかん。私はそう思います。」



              芸術の究極にあるものは神であり、この世の壁を突き抜け、「この世ならざるものを見抜いていく」ことが大事である、ということ。


              その意味で、新時代の芸術を探究するならば、この世ならざるものの探究が必要であり、大宇宙の神秘や、この世界を創られた神の探究が不可欠となってくると感じます。


              結局、作品の奥に込められたこの世ならざる霊的波動を伝えることが芸術でもあるし、
              最も素晴らしい理想の霊的波動を持つ者は、神であり、神の愛であろうと思います。



              話は変わりますが、渋谷の街を歩いていると、
              雑踏のなかにブランドのお店や最先端のデザインビルなどがあり、
              美を追求しつつそれぞれが主張して、
              全体として街の雰囲気を作っているところがあります。

              たとえば霊的価値観が広がっている未来の渋谷は、
              ブランドやデザインビル、いたるところのデザインに霊的価値観や美が込められ、
              「神の光が降りるカフェ」とか「魂の成長によい服」とかが流行り、
              街のなかのデザインも神の美を表現したものが増えている、
              と想像するとどうでしょうか。


              神の言葉を言葉以外で表現するものが芸術であるならば、


              神の言葉の理念が込められたデザインやブランド、物が溢れた
              未来の街は、美しい街であることでしょう。


              神の世界を表現する芸術家が数多く出てくることを望みます。



              よろしければ、クリックをお願いします!
               
              にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村









              新時代の芸術家の仕事について

              0
                今日は、新時代の芸術家の仕事について探究してみたいと思います。

                 『「一目見て心打つ」というのは大事なことなんですよ。

                じっくり見れば立派に見えてくるというのもあるけれども、「一目見て心を打つ」という絵は、やはり、魂の奥底から出てくるものだ。
                この大胆さは美の確信だな。美への確信、揺るぎない自信がなければ、大胆なこの画想といいますか、そうしたものが湧かんのですよ。
                その美への確信がない人が絵を描くと、てきとうなところでごまかす。妥協する。人々にそこそこよく言われそうな、よく売れそうな絵をかく。
                しかし、美への絶対的確信がある人は大胆です。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                ゴッホの霊示によれば、
                「一目見て心を打つ」という絵が、そのほかの絵と何が違うかというと、
                「美への確信」があるかどうか
                ということだと説かれています。
                魂の奥底から出てくる大胆さ、美への確信、揺るぎない自信によって
                大胆な着想が得られ、「一目見て心を打つ」絵が出来るのです。
                美への確信がない人は、
                世間で美しいと言われるような、よく売れそうな絵を書こうとして妥協する。
                しかし、「美の確信」が心のうちにある人は、
                妥協せず、大胆な着想で絵を書くからこそ、
                魂の奥底から出る霊的波動が込められた心を打つ絵が書けるのではないでしょうか。
                また、画家の仕事の本当の価値について次のように説かれています。
                『画家というものは、この世のなかに、この世ならざるものを見出すのです。そこに、ほんとうの価値があるのです。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                画家というものは、「この世のなかに、この世ならざるものを見出す」ことに
                ほんとうの価値があるということ。
                つまり、画家の仕事は、
                「この世のなかにある霊的な美を見出し、描き出すこと」に
                本当の価値があるということなのです。
                『だから、この世界にはすべてがあるんですよ。絵もある。音楽のような調和もあるのです。それを発見する人が、いるかいないかです、結局はね。
                美を見てもそれが表現できない人にとっては、写真を撮るのが精一杯であるかもしれない。単に美しかったというだけで、とまるかもしれない。
                それをあえて、客観的に多くの人にわかるような、そういう普遍的な形にして残すのが、私たち芸術家の仕事であるわけです。
                美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める。ま、こういう仕事だね。
                結局は、そういうものです。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                ゴッホの霊示によれば、
                「美を多くの人に分かるような、普遍的な形として残す」
                「美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める」
                ことが芸術家の仕事であると説かれています。
                美しいと感じることは、人間の感じ方によって様々にありますが、
                人間は生まれた時から美醜を感じ取ることができると言われています。
                美しいと教えられてそう感じるのではなく、魂のなかに
                美しさを感じる部分があるからこそ、
                人間は生まれながらに美醜を感じ、
                それが世界中の人びとにある程度共通しているのではないでしょうか。
                そうであるならば、
                人間が感じる「美」の本質を探究し、その奥にある霊的な美を見出して
                描き出すことが、芸術家の仕事でもあると感じます。
                そこには、「美しさ」のなかに込められた霊的な光や波動を感じ取る
                感性を磨くことが必要であり、美を探究すればするほど
                霊的世界を探究せざるを得ないのではないでしょうか。
                だからこそ、偉大な芸術家はみな霊能者である、と言われるのでしょう。
                「美への確信」を持つためには、霊的価値観に基づいた美の探究が必要です。
                新時代の芸術家の仕事として大事なことは、
                ・ 霊的価値観に基づいた美の探究を続け、「美への確信」を持つ
                「この世のなかにある霊的な美を見出し、描き出す」
                ・「美の瞬間を捉え、美を多くの人に分かるような、普遍的な形として残す」
                ということではないでしょうか。
                新時代を担う多くの芸術家の方々が、
                霊的価値観に基づいた美の探究を深め、
                「美への確信」を強められることを望みます。
                よろしければ、クリックをお願いします!
                 
                にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村

                新時代に求められる芸術の方向性について

                0
                  今日は、新時代に求められる芸術の方向性について探究してみたいと思います。

                  ピカソ霊示集によれば、
                  「新時代は総合的な霊文化の時代になる」
                  と説かれています。

                  また、その一端を担うものとしての芸術、絵画や詩や文学などが重要であり、

                  その方向性は
                  「人間の心にプラスする、この方向性がなければ、もはや
                  芸術としての存在基盤がありえない」時代となる

                  言い換えればなんらかの悟りのよすががなければ芸術として成り立たない時代となる
                  ということです。

                  その前提を踏まえ、新時代にどのような芸術が求められるのか、
                  具体的にこう説かれています。


                  『 新しい時代の到来を告げる絵画の続出が予想されるわけです。
                  新世界、あるいは、新たな真理の像についての絵画、
                  こうしたものが要請されるのではないのか。
                  このように私は思います。
                  これからは、もっと、「新しい局面を絵にかいていく」という作業が必要であろうと思います。
                  そして、この地上を去った世界では、四次元世界、五次元世界、六次元世界、さまざまな世界が展開しておりますが、できるならば、こうした世界の様相をも絵画にしていく画家が欲しい。
                  こうした霊の世界を、人々に視覚によって訴えかける画家が欲しい。
                  天才的な画家であって、こうした霊的世界を人々に教える画家が欲しい。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)


                  まず、新時代に求められる絵画の方向性は、
                  ・新たな真理の像についての絵画
                  ・霊的世界の様相についての絵画

                  であるということです。

                  それは、この世的な写実主義的絵画ではなく、
                  仏法真理の価値観に基づいた霊的世界観を
                  視覚に訴えかけえる絵画です。

                  真実の世界観を、文章として訴えるのではなく、
                  「真・善・美」でいうところの美の観点から、
                  ビジュアル、視覚に訴えかけて
                  一瞬にして霊的世界を垣間見させ、
                  悟りのきっかけを与えるような絵が欲しい、
                  ということではないでしょうか。

                  そのためには、芸術家がまず仏法真理を深く学ぶ必要があります。

                  そして真理を学んだ上で、天上界にあるイデア、霊的世界の情景を
                  キャッチする能力を磨くことが大事です。

                  まず、霊的世界があると確信しなければ、天上界にある理念や世界観を
                  感じられるようにはなりません。

                  波長同通の法則というものがあります。

                  心の針を、天上界に合わせ、その理念や世界観、霊的波動をキャッチして
                  作品に込めることが、必要となるのではないでしょうか。

                  そのためには、やはり宗教家と同じような宗教修行が必要となり、
                  新時代の芸術家にはある意味で”悟り”が大事な要素になると感じます。



                  また、このようにも説かれています。


                  『絵は、一瞬にして、その思想がわかる。
                  こうした、新たな真理芸術の気運が高まってこなければいけない。
                  そのためには、まず、霊界の様相についての絵がほしい
                  あるいは、天使の活躍についての絵が欲しい。
                  また、地上にある人びと、生きざま、あるいは風景における天国的なる情景の絵が欲しい。
                  また、間違った思想や間違った行動、間違った考え方に対する批判の絵が欲しい。
                  それらを風刺するものも欲しい。
                  こういうふうに、芸術というものを通して、時代を良き方向にリードするための力として欲しい。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)


                  絵画には、”一瞬にして作品に込められている思想が伝わってくる”
                  特徴があるということです。

                  そしてまた新時代の真理芸術において求められる絵画として
                  さらに具体的に述べられています。

                  ・天使の活躍についての絵
                  ・地上にある人びとの生きざま、あるいは風景における天国的なる情景の絵
                  ・間違った思想や行動、考え方に対する批判の絵、それらを風刺する絵

                  そしてその絵画の目的とは、結局

                  「芸術というものを通して、時代を良き方向にリードする力とする」

                  ということなのです。

                  感性から「霊性革命」を推し進める芸術家が数多く誕生することを祈ります。


                  よろしければ、クリックをお願いします!
                   
                  にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へにほんブログ村







                  新時代の芸術の価値基準について

                  0
                    今日は、新時代の芸術の価値基準について、探究してみたいと思います。


                    『 これからは、もう、単なる写実の時代でもなく、単なる色彩の時代でもない。

                    単なるハーモニーの時代でもないであろう。これが間違いのないことであろうと私は思います。

                    新時代というものは、もう、「人間の心にプラスする方向性がなければ、もはや芸術としての存立基盤があり得ない」という時代でもありましょう。おそらく、そういうふうになります。

                    絵画そのもののなかに、やはり、何らかの真理のよすが、悟りのよすががなければ、絵画として、意味のない、値打ちのないものとされる時代となってくるでありましょう。

                    絵画というものは、本来、人に、神の世界を教え、生き方を教え、美とは何かを教える、そうした教育的なる役割を数多く持っているものです。

                    こういう意味において、時代のリード役としての画家が活躍する時代が近づいているように思います。』(大川隆法著『ピカソ霊示集』より抜粋)


                    ここで説かれている新時代の芸術とはなんでしょうか。

                    「その芸術作品が、人間の心にプラスの影響を与えるか否か、が価値基準となる。」

                    と説かれています。

                    それは、すなわちその作品の霊的波動、霊的バイブレーションがどのような影響を

                    もたらすのか、ということが作品の価値を決める、ということです。

                    現代の芸術といわれるものの中には、奇抜なものやグロテスクなもの、

                    衝撃的なインパクトを狙ったものなどいろいろなものがあります。

                    しかし、人間の心にどのような影響をもたらすか、という観点では

                    評価されているようには思えません。

                    現在、芸術や美と言われているもののなかには、

                    欲望をそそるもの、狂気をおびたもの、破壊的でマイナスな感情が含まれているもの、

                    が高い評価を得ていたり、人々の関心を呼ぶという理由で有名になっているものも

                    あります。

                    商業的価値から言えば、

                    人々が受け入れやすい、関心を呼ぶ作品であるかもしれません。

                    ただ、人間の欲望や、悪しき狂気や破壊衝動を増幅させるような作品、

                    そういう感情が呼び起こされるような作品には、

                    新時代の美の価値基準から言えば、マイナスの評価が下される、

                    ということです。

                    新時代の芸術、美の価値基準の一つとは、

                    「人間の心にプラスの影響を与えるもの」である

                    ということであり、

                    作品に込められた作者の念い、霊的波動が

                    どのようなものであるかが作品の価値を決める時代となる

                    ということなのです。


                    新時代の価値観に基づいた芸術、作品が、

                    数多く生み出されることを祈ります。






                    インスピレーションを受ける器について2

                    0
                       今日は、インスピレーションを受ける器について引き続き考えてみたいと思います。

                      『「ひらめきは、ただ待っているだけで、やってくるものではない」ということは

                      知っておいたほうが良いと思います。

                      やはり、たゆまぬ努力・精進を続けているなかに生まれてくるものなのです。』

                      (大川隆法著『創造の法』より抜粋)



                      インスピレーションを受け取るためには、どのような努力が必要なのでしょうか?

                      やはり、ただ精神統一して待っているだけで質の高いひらめきが受け取れるのであれば、

                      毎日ずっと禅定していればよいということになってしまいますが、

                      それだけをしていて成功している人はまずいません。


                      『創造の法』には、インスピレーションは受け取る人の器と連動する、と説かれています。

                      まず、インスピレーションを受け取るための器作り、
                      教養を身につける努力が必要なのです。


                      まず、自分の関心領域を広げ、うまずたゆまず知識を広げ、勉学に励み、

                      ずっと考え続けていることが必要です。

                      その際にも、自分のための探究ではなく、多くの人々への愛のために、

                      多くの人が幸せになるように、元気になるように、便利になるように、

                      貢献したいという利他の思いがあることが、大事であると思います。


                      そういう人が成功すれば、多くの人々を幸福にできるからです。

                      自分中心の念いしか持っていない人には、正統なインスピレーションは

                      降りてきません。

                      その意味で、インスピレーションがどこから来ているかの点検も大切です。

                      一つは、高級霊、二つ目は、守護霊、三つ目は裏霊界、四つ目は悪霊、

                      とインスピレーション元もいろいろあるからです。


                      そのため、心を常に点検し、高級霊や守護霊からの指導を受けられるように

                      心がけなくてはなりません。


                      『創造の法』には、正しくインスピレーションを受けるための三条件として、
                      次の3つが挙げられています。

                      1.勤勉な努力家であること

                      2.専門外の分野にも踏み込むこと

                      3.「情報遮断」と「情報収集」を使い分けること


                      また、究極のインスピレーション獲得法として、次のように説かれています。

                      穏やかな波動を自覚的に作れるようになると、天上界からのインスピレーションを

                      非常に受けやすい状態になるのです。

                      脳波でいうと、いわゆる「ベータ波」ではなく「アルファ波」の状態にすることです。

                      (大川隆法著『創造の法』より抜粋)




                      常に心を平静に保ち、勤勉に努力精進し、愛の念いを持って関心領域を広げ、

                      情報遮断と情報収集をうまく使い分けていくことが、

                      正しいインスピレーションを受ける器づくりのコツであるということです。


                      器作りに励み、新しい価値を創造していきましょう。


                      << | 2/3PAGES | >>