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新時代に求められる芸術の方向性について

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    今日は、新時代に求められる芸術の方向性について探究してみたいと思います。

    ピカソ霊示集によれば、
    「新時代は総合的な霊文化の時代になる」
    と説かれています。

    また、その一端を担うものとしての芸術、絵画や詩や文学などが重要であり、

    その方向性は
    「人間の心にプラスする、この方向性がなければ、もはや
    芸術としての存在基盤がありえない」時代となる

    言い換えればなんらかの悟りのよすががなければ芸術として成り立たない時代となる
    ということです。

    その前提を踏まえ、新時代にどのような芸術が求められるのか、
    具体的にこう説かれています。


    『 新しい時代の到来を告げる絵画の続出が予想されるわけです。
    新世界、あるいは、新たな真理の像についての絵画、
    こうしたものが要請されるのではないのか。
    このように私は思います。
    これからは、もっと、「新しい局面を絵にかいていく」という作業が必要であろうと思います。
    そして、この地上を去った世界では、四次元世界、五次元世界、六次元世界、さまざまな世界が展開しておりますが、できるならば、こうした世界の様相をも絵画にしていく画家が欲しい。
    こうした霊の世界を、人々に視覚によって訴えかける画家が欲しい。
    天才的な画家であって、こうした霊的世界を人々に教える画家が欲しい。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)


    まず、新時代に求められる絵画の方向性は、
    ・新たな真理の像についての絵画
    ・霊的世界の様相についての絵画

    であるということです。

    それは、この世的な写実主義的絵画ではなく、
    仏法真理の価値観に基づいた霊的世界観を
    視覚に訴えかけえる絵画です。

    真実の世界観を、文章として訴えるのではなく、
    「真・善・美」でいうところの美の観点から、
    ビジュアル、視覚に訴えかけて
    一瞬にして霊的世界を垣間見させ、
    悟りのきっかけを与えるような絵が欲しい、
    ということではないでしょうか。

    そのためには、芸術家がまず仏法真理を深く学ぶ必要があります。

    そして真理を学んだ上で、天上界にあるイデア、霊的世界の情景を
    キャッチする能力を磨くことが大事です。

    まず、霊的世界があると確信しなければ、天上界にある理念や世界観を
    感じられるようにはなりません。

    波長同通の法則というものがあります。

    心の針を、天上界に合わせ、その理念や世界観、霊的波動をキャッチして
    作品に込めることが、必要となるのではないでしょうか。

    そのためには、やはり宗教家と同じような宗教修行が必要となり、
    新時代の芸術家にはある意味で”悟り”が大事な要素になると感じます。



    また、このようにも説かれています。


    『絵は、一瞬にして、その思想がわかる。
    こうした、新たな真理芸術の気運が高まってこなければいけない。
    そのためには、まず、霊界の様相についての絵がほしい
    あるいは、天使の活躍についての絵が欲しい。
    また、地上にある人びと、生きざま、あるいは風景における天国的なる情景の絵が欲しい。
    また、間違った思想や間違った行動、間違った考え方に対する批判の絵が欲しい。
    それらを風刺するものも欲しい。
    こういうふうに、芸術というものを通して、時代を良き方向にリードするための力として欲しい。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)


    絵画には、”一瞬にして作品に込められている思想が伝わってくる”
    特徴があるということです。

    そしてまた新時代の真理芸術において求められる絵画として
    さらに具体的に述べられています。

    ・天使の活躍についての絵
    ・地上にある人びとの生きざま、あるいは風景における天国的なる情景の絵
    ・間違った思想や行動、考え方に対する批判の絵、それらを風刺する絵

    そしてその絵画の目的とは、結局

    「芸術というものを通して、時代を良き方向にリードする力とする」

    ということなのです。

    感性から「霊性革命」を推し進める芸術家が数多く誕生することを祈ります。


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    新時代の芸術の価値基準について

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      今日は、新時代の芸術の価値基準について、探究してみたいと思います。


      『 これからは、もう、単なる写実の時代でもなく、単なる色彩の時代でもない。

      単なるハーモニーの時代でもないであろう。これが間違いのないことであろうと私は思います。

      新時代というものは、もう、「人間の心にプラスする方向性がなければ、もはや芸術としての存立基盤があり得ない」という時代でもありましょう。おそらく、そういうふうになります。

      絵画そのもののなかに、やはり、何らかの真理のよすが、悟りのよすががなければ、絵画として、意味のない、値打ちのないものとされる時代となってくるでありましょう。

      絵画というものは、本来、人に、神の世界を教え、生き方を教え、美とは何かを教える、そうした教育的なる役割を数多く持っているものです。

      こういう意味において、時代のリード役としての画家が活躍する時代が近づいているように思います。』(大川隆法著『ピカソ霊示集』より抜粋)


      ここで説かれている新時代の芸術とはなんでしょうか。

      「その芸術作品が、人間の心にプラスの影響を与えるか否か、が価値基準となる。」

      と説かれています。

      それは、すなわちその作品の霊的波動、霊的バイブレーションがどのような影響を

      もたらすのか、ということが作品の価値を決める、ということです。

      現代の芸術といわれるものの中には、奇抜なものやグロテスクなもの、

      衝撃的なインパクトを狙ったものなどいろいろなものがあります。

      しかし、人間の心にどのような影響をもたらすか、という観点では

      評価されているようには思えません。

      現在、芸術や美と言われているもののなかには、

      欲望をそそるもの、狂気をおびたもの、破壊的でマイナスな感情が含まれているもの、

      が高い評価を得ていたり、人々の関心を呼ぶという理由で有名になっているものも

      あります。

      商業的価値から言えば、

      人々が受け入れやすい、関心を呼ぶ作品であるかもしれません。

      ただ、人間の欲望や、悪しき狂気や破壊衝動を増幅させるような作品、

      そういう感情が呼び起こされるような作品には、

      新時代の美の価値基準から言えば、マイナスの評価が下される、

      ということです。

      新時代の芸術、美の価値基準の一つとは、

      「人間の心にプラスの影響を与えるもの」である

      ということであり、

      作品に込められた作者の念い、霊的波動が

      どのようなものであるかが作品の価値を決める時代となる

      ということなのです。


      新時代の価値観に基づいた芸術、作品が、

      数多く生み出されることを祈ります。






      インスピレーションを受ける器について2

      0
         今日は、インスピレーションを受ける器について引き続き考えてみたいと思います。

        『「ひらめきは、ただ待っているだけで、やってくるものではない」ということは

        知っておいたほうが良いと思います。

        やはり、たゆまぬ努力・精進を続けているなかに生まれてくるものなのです。』

        (大川隆法著『創造の法』より抜粋)



        インスピレーションを受け取るためには、どのような努力が必要なのでしょうか?

        やはり、ただ精神統一して待っているだけで質の高いひらめきが受け取れるのであれば、

        毎日ずっと禅定していればよいということになってしまいますが、

        それだけをしていて成功している人はまずいません。


        『創造の法』には、インスピレーションは受け取る人の器と連動する、と説かれています。

        まず、インスピレーションを受け取るための器作り、
        教養を身につける努力が必要なのです。


        まず、自分の関心領域を広げ、うまずたゆまず知識を広げ、勉学に励み、

        ずっと考え続けていることが必要です。

        その際にも、自分のための探究ではなく、多くの人々への愛のために、

        多くの人が幸せになるように、元気になるように、便利になるように、

        貢献したいという利他の思いがあることが、大事であると思います。


        そういう人が成功すれば、多くの人々を幸福にできるからです。

        自分中心の念いしか持っていない人には、正統なインスピレーションは

        降りてきません。

        その意味で、インスピレーションがどこから来ているかの点検も大切です。

        一つは、高級霊、二つ目は、守護霊、三つ目は裏霊界、四つ目は悪霊、

        とインスピレーション元もいろいろあるからです。


        そのため、心を常に点検し、高級霊や守護霊からの指導を受けられるように

        心がけなくてはなりません。


        『創造の法』には、正しくインスピレーションを受けるための三条件として、
        次の3つが挙げられています。

        1.勤勉な努力家であること

        2.専門外の分野にも踏み込むこと

        3.「情報遮断」と「情報収集」を使い分けること


        また、究極のインスピレーション獲得法として、次のように説かれています。

        穏やかな波動を自覚的に作れるようになると、天上界からのインスピレーションを

        非常に受けやすい状態になるのです。

        脳波でいうと、いわゆる「ベータ波」ではなく「アルファ波」の状態にすることです。

        (大川隆法著『創造の法』より抜粋)




        常に心を平静に保ち、勤勉に努力精進し、愛の念いを持って関心領域を広げ、

        情報遮断と情報収集をうまく使い分けていくことが、

        正しいインスピレーションを受ける器づくりのコツであるということです。


        器作りに励み、新しい価値を創造していきましょう。


        インスピレーションを受ける器について

        0
          今日は、インスピレーションを受ける器について考えてみたいと思います。


          『 すべて、そうなのです。詩だってそうです。詩を書く人はたくさんいます。

          この詩も、結局は霊界にあるものなのです。

          それを、詩人という通路を通じて、この世に送り出しているのです。

          ただ、その通路、パイプの出来具合によって、

          ほんとうにいい着想の詩が駄作に終わってしまうこともあります。

          その出方はいろいろです。けれども、やはり、天上界にあるのです。』

          (大川隆法著「ピカソ霊示集」より抜粋)


          この世的に見れば、私たち人間は自分のアイデアや着想で

          作品を作っているようにも思えますが、およそ偉大な芸術家や

          小説家の発想をみれば、この世離れした発想、ストーリーや

          ビジョンなど、ある種の”ひらめき”が必ず関わっています


          それは霊的価値観から見れば、あの世と呼ばれる天上界、霊界から

          もたらされた理念であり、着想であり、贈り物でもあります。

          それは”インスピレーション”や”ひらめき”として、

          あるとき突然心のなかに湧いてくるものであり、

          ビジョンや着想、アイデアです。


          そういう”ひらめき”や”インスピレーション”がなくても

          創作技術によって作品を創ることもあると思いますが、

          やはり”霊的波動”を宿し、多くの人々に感動を与える作品は、

          必ずと言っていいほど”インスピレーション”が降りているはずです。


          ピカソの霊言では、詩人なら詩人で、

          詩の題材は天上界にすでにあり、この世の詩人というパイプを通して

          この世に作品を送り出している、と説かれています。


          その際、詩人のパイプの出来具合によって、

          天上界で本当にいい着想の詩だったものが

          この世に下ろすと駄作となってしまうということは

          いくらでもあるということなのです。


          そうであるならば、芸術家、クリエイターが心がけることは、

          ”天上界のインスピレーションを受けられる器”づくり

          であると思います。

          心のパイプを詰まらせず、透明感のあるパイプとなり、

          天上界にいる霊人のインスピレーションを下ろすためには、

          その心の調律の方法があるはずです。


          長くなったので今日はこのへんで。続きはまた次回。



          作品に込められた霊的波動について

          0
            今日は、作品に込められた霊的波動について考えてみたいと思います。

            作品に込められた霊的波動について】


            『人間の目には同じように見え、たとえば同じ形の机をつくっているように見えても、

            それをつくった人の人生観なり哲学なりの霊的波動は、

            一つ一つの机のなかにこもっていて、神の目から見ると違うのです。

            これは、芸術家の創った彫刻などでも同じなのです。

            あるいは、芸術家のデザインした建物などでも同じです。

            「何かはわからない霊的なものが、そこにある」ということです。

            そして、「高きから低きに流れる」という、その水準は確固としてあるのです。』

            (大川隆法著『ピカソ霊示集』より抜粋)


            人間の目には同じように見えても、そこに込められた霊的波動によって、

            神の目から見ると違って見える、とはどういうことでしょうか?


            人間は精神的な存在です。同じような形をした机一つをとってみても、

            それをつくった家具職人がどういう念いを込めて創ったかによって、

            神の目からみたら価値が違うということです。


            そうであるならば、

            その製品、作品に込められた霊的波動によって、使う人に影響を与え、

            良き念いが込められたものは良き影響を与え、

            欲念や悪しき念いが込められたものは

            使う人に悪い影響を与えてしまうのではないでしょうか



            現代の唯物論的価値観から見れば、一つの製品や物は目に見える性能や形で

            価値が決まることが普通です。


            しかし、霊的価値観から見たならば、

            どのような念いが込められているか、どのような霊的波動を持っているか

            ということが、その作品や製品の価値を決めるという考え方も

            あるのではないでしょうか?


            霊的価値観に基づく文化における作品の価値は、

            ”どのような霊的波動を持っているか”

            ということが一つの基準になるのではないか

            と感じます。








            霊的価値観と美

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               一月もあと2日で終わりですね。

              このブログのタイトルは、”文化の創りかた”ですが、

              いままでの記事を読むと、どうみても政治系の提言をするブログに見えますね(笑)


              このブログ立ち上げ時の主旨は、現在ただいまのなかにある未来の種を探し、

              ”霊的価値観”に基づいた文化とは何かを探究するというものです。


              そこで改めて初志貫徹を志し、

              ”霊性””文化”をキーワードにブログを書いていきたいと思います。


              【霊的価値観と美】


              『神は全知全能です。神は、万能であって、万物のすべてを支配されています。

              そうである以上、神のお心のなかには、すべてのものがある。

              すべての性質、一切合切が入っています。

              その子供である以上、人間の心のなかにも、神の姿のすべてが入っているのです。

              その心のなかに、美というものを感ずる魂の面があるのです。
              魂の切り口があるのです。

              その魂の切り口が、美を司る神霊たち、精霊たちの呼吸を感じとるのです。

              これが、「美しい」と感じることの、ほんとうの意味なのです。』

              (大川隆法著『ピカソ霊示集』から抜粋)


              私たちが美しいと感じるとき、なぜ感じるのでしょうか?

              理性的に考えて、感じているのではないはずです。

              ”美しい”という感情は、心から湧き上がってくる自然な気持ちであり、

              これが美しさの基準であるからと教えられて美しいと感じるのでは

              ありません。

              生まれながらに美しいと感じる心はあり、それは好みはあるにしても、

              人類にとってある程度共通のものを美しいと感じます。


              それは、唯物論的な考え方、人間機械論的な思想では

              どうしても納得ができないものです。


              美しいと感じる心は、人間の本能によるものだという考えは、

              精神的な活動を否定する考えです。


              人間の本質が肉体ではなく、魂であり、霊的存在である

              ということを受け入れて初めて、

              ”美しい”と感じることの意味が、分かるのではないか

              と思います。


              現代の芸術は、多種多様で本当に玉石混交だと感じますが、

              霊的価値観を前提として、いま流行っている芸術や文化を

              見たならば、本当に魂が”美しい”と感じているものと、

              そうでないものに分かれてくると思います。


              心のなかに、美を感じる魂の切り口があり、霊的な美の波動を

              感じ取って”美しい”と感じているとするならば、

              霊的価値観に基づく新しい文明における芸術は、

              ”霊的な美の波動を有しているもの”が

              より素晴らしい作品とされるのではないかと感じます。


              霊的な美の波動を感じ取るためには、

              霊的価値観への転換が必要です。


              ”霊性革命”が、

              新しい時代の文化を創っていく土台となる

              と感じます。











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