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「文明とは何か」

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    いよいよ、芸能・文化革命の胎動が近付いてきているのを

    ひしひしと感じております。

     

    今日から、最初にこのブログを書くきっかけとなった

    原点回帰として、

    ”新文明の新しい文化とは何か”について、

    改めて考察を深めていきたいと思っています。

     

    プロフィールにも書いていますが、

    この日本に、世界中の人々が学びに来るような

    文化の高みを創るという理想のもと、

    文化の創りかたを探究してきました。

     

    【テーマ】

    霊性と科学、神秘性と合理性を融合し、
    イノベーションし続ける文化とは何か。

     

    改めてテーマの研究もかねて、備忘録的に

    少しずつ書きためていきたいと思います。

     

     

    第1回目は、「文明とは何か」について探究していきます。

     

    『文明とは何か』

     

     

     

    文明とは何か、ということですが、

    広辞苑によれば、

     

    (原気進んで人知の明らかなこと。「文明の世」

    ◆civilization)都市化。

      (ア)生産手段の発達によって生活水準が上がり、人権尊重と機会均等などの原則が認められている社会、すなわち近代社会の状態。

      (イ)宗教・道徳・学芸などの精神的所産としての狭義の文化に対し、人間の外的活動による技術的・物質的所産。

     

    と記載されています。

     

    少しわかりにくいですが、

    宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な部分、

    ソフトが文化であるのに対して、

    技術・機械の発達や社会制度の整備などによる

    経済的・物質的な部分、都市化などの

    ハードを含めたものが文明といわれています。

     

    これまで独自の文化圏を持つとして文明に分類されたものは、

    例えば西欧文明・ロシア正教会文明・中華文明・日本文明・

    イスラム文明・ヒンドゥー文明・ラテンアメリカ文明・アフリカ文明などがあります。

     

    幸福の科学的におおまかに言えば、

    アトランティス文明を源流とする西洋文明と、

    ムー文明を源流とする東洋文明、

    そしてその西洋と東洋の文明の潮流が合流する国、

    日本、といったところでしょうか。

     

    文明には必ず栄枯盛衰があり、

    文明には必ず理念ともいえるコンセプトがあり、

    次の文明に移るときには違うコンセプトの文明が

    興ることになっています。

     

    ムー文明は光エネルギーの文明といわれ、

    次に興ったアトランティス文明は

    合理的知性と繁栄の文明といわれています。

     

    アトランティス文明を源流として

    エジプト、ギリシャ精神が生まれ、

    ローマを経て西洋文明となりました。

     

    ムー文明はまた東洋文明の源流となり、

    ムー文明の末裔が日本といわれています。

     

    では、文明はなぜ栄枯盛衰していくのでしょうか。

    文明とは何なのでしょうか。

     

    それは、人間の魂の教育の器であるのです。

     

    人間を教育する場として、文明が作られ、

    その文明の理念のもとに人間は教育を受け、

    その中で自由性を発揮して、魂の向上を目指しています。


    それはちょうど、人間がいろいろな職業を経験して、

    自分の魂の経験値を上げ、バランスをとるようなものなのです。

     

    すなわち、文明レベルで、

    魂の向上に必要な経験を積むための

    計画があったということです。


    それは、まさに今世、

    主エル・カンターレが

    下生されて興される新文明のために、

    さまざまな文明に生まれ、

    幾転生経験を積んできたのではないでしょうか。


    人々が幸福になる道とは、霊性の向上の道です。

     

    霊性の向上の道とは、

    人は何によって幸福になるかを知る道であり、

    人はなんのために生きているかを知る道です。

     

    様々な文明に生まれ学んできたこと。

     

    それは、霊性の向上の道であり、人々が幸福になる道であり、

    真理への道であり、主が説かれる仏法真理であるのです。


     


     

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    天国的な作品はなぜ必要なのか

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      ブログを読んでくださっている皆様、

      いつも本当に有難うございます。

       

      2017年3月11日に、

      HSU未来創造・東京キャンパスが落慶いたしました。

       

      芸能・文化革命の総本山として、

      新時代の文明・文化のあり方、

      真理価値の高い芸術とは何かを探究し、

      文化の高みを創っていく光の出城が

      東京に誕生しました。

       

      これからの時代は、ソフト・ウォーの時代。

      今、芸能界や映画界、文学の世界では、

      ソフト面における光と闇の戦いが繰り広げられています。

       

       

       

      もちろん、ストーリーには光も闇も必要ですが、

      その作品が伝えようとしているテーマが何なのか、

      どんなことを伝えようとしているのかを

      よく考えなくてはいけません。

       

      地獄的な価値観で作った映画や文学やアニメなど、

      知らず知らずのうちに人々の心に影響を与え、

      未来を信じられなくなったり、

      人を信じられなくなったり、

      恐怖心や暗い気持ちになってしまったり、

      暴力や犯罪を助長することになったり、

      地獄界拡大のパイプとなってしまっている。

       

      そんな地獄的な価値観の作品を次々と生み出し、

      タレントはそんな作品への出演を拒むことができない

      という映画界や芸能界の闇に対し、

      千眼美子さん出家を機縁として

      奴隷契約や談合といわれる芸能界の古き体質に

      メスを入れ、浄化していこうという動きが

      出てきています。

       

      今こそ、少しでも

      天国的な価値観の作品を広げ、支持し、

      どちらの価値観の作品が

      より人々を感動させ、幸福にするか

      ということを、

      偏見や利害関係を抜きにして

      多くの方々に素直な心で感じ取っていただくことが

      大事なのではないでしょうか。

       

      そして、天国的な作品を支持する人々が

      増えれば増えるほど、

      映画界や芸能界の浄化が進み、

      芸能界の闇と絡むテレビ・マスコミ業界の

      改革も進んでいくのではないかと思います。

       

      そのためにも、

      天国的な価値観の作品を数多く創っていけるよう、

      真理の探究と行動を通して、

      多くの方々と力を合わせ、芸能・文化革命を

      推し進めていくことを心から願っています。

       

       

       

       

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      宗教対立の憎しみの連鎖を超えるには

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        今日は、「宗教対立の憎しみの連鎖を超えるには」というテーマを探究してみたいと思います。

         

         

        キリスト教国であるアメリカでは、トランプ大統領が

        1月27日の大統領令で、入国審査の厳格化を進める間の

        暫定的な措置として、

        イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、

        イエメンの

        7か国からの渡航者の米国への入国を90日間停止しました。

         

         

        これはイスラム国(IS)打倒戦略の

        一環であろうと思われますが、

        これに対し中東のイスラム教国では怒りと批判の声が

        高まっているようです。

         

         

        キリスト教とイスラム教の対立は、

        中世ヨーロッパの十字軍の時代から、

        対立と憎しみ、戦争が繰り返されています。

         

         

        なぜ、宗教の教えの違いにより、

        ここまで憎しみの連鎖が続くのでしょうか。

         

         

        『伝道の法』には、イスラム教にある偶像崇拝の否定について、

        このように説かれております。

         

        「破壊したい」と思う衝動のなかに、

        やはり、根本的な理解の足りない面が

        あることを知らなければならないと思うのです。(中略)

        「この世ならざる偉大な力に対する畏敬の念を大事にしよう」

        という気持ち自体は、宗教にとって非常に重要なことです。

        ところが、これを形式的に捉えすぎることによって、

        形に表したものを次々と壊すようになるのでは、

        少し考え方が違うのではないかと思います。」(P.251,253)

         

        オリジナルの教えが現れたときに

        十分に説かれなかったことが、

        後の災いとなして、他宗排撃になったり、

        異質なものをこの地上から

        消し去ってしまうような動きになったりするのであれば、

        極めて残念なことだろうと思います。

        この「人間の心の狭さ」をこそ、

        私たちは嘆かねばならないのではないでしょうか。」(P.253)

         

         

         

        イスラム教における

        神は人間と比較にならないほど偉大であるがゆえに、

        神に対する畏敬の念から偶像のような形で

        あらわしてはならないという教えが

        後世形式的に捉えて仏像を全部壊していくような動きは、

        理解の不足であり、人間の心の狭さでもあるということです。

         

         

        キリスト教においても、イスラム教を邪教、

        テロ宗教と考え、排斥する動きは

        理解の不足であり、人間の心の狭さであると思います。

         

         

        また、『伝道の法』には、次のように説かれています。

         

        「すべての宗教は根源なるものから分かれてきたものであり、

        唯一のところから流れ出してきた教えであるのだということを

        知らなければならない。

        ゆえに、その違いを強調して争い合うのではなく、

        もっとお互いに知り合い、理解し合い、信じあうことによって、

        新しいユートピア世界を作りたい」(P.255)

         

        『伝道の法』には、人種の違いや宗教の違い、文化の違いには、

        宇宙的な意味においても、魂に違いがあるということも

        触れられています。

         

         

        宗教に多様性がある理由は、

        決して人類に混乱を起こすためではなく、

        地球人としての価値観を創るための文明実験であり、

        この地球という魂修行の場において、

        さまざまなルーツをもつ魂たちが、

        様々な環境と宗教、文化で魂を鍛え、

        お互いの違いを知ることによって、

        新たな可能性を見出し、まだ変化する余地がある

        ということを気づくためでもあったのです。

         

         

        それが、説かれた環境と時代が違うため、

        他の宗教は邪教だから滅ぼすというのでは、

        神の御心にかなっているとは思えません。

         

         

        形式的に教えをとらえるのではなく、

        その奥にある神の御心を忖度するなら、

        「違いを違いとして認め、他を理解すること。

        これもまた愛なのだ」(P.257)

        ということなのでしょう。

         

         

        相手を理解することができたら、愛したということと同じ

        と説かれています。

         

         

        理解できないから憎しみあい、理解できないから攻撃し、

        理解できないから排斥し、理解できないから

        「憎悪の連鎖」が止まらないのです。

         

         

        仏法真理の価値観を世界中に広げ、

        お互いの宗教の理解を深め、

        憎しみを超えて愛を取れる

        世の中にしていきたいと強く願います。

         

         

        最後に、自作の詩を紹介いたします。

         

        『最後の救い』

         

        いつしか時は過ぎ
        憎しみの炎は
        消えるだろうか

         

        悲しみの涙は
        枯れるだろうか

         

        なぜ人は
        傷つけあうのだろう

         

        なぜ人は
        憎みあうのか

         

        虐げられた憎しみの炎は
        子供にまで宿る
        子孫にまで宿る


        その炎を
        吹き消す術は
        もうないのか


        悲しみの連鎖を
        止める術は
        もうないのか


        国と国とが
        争い憎しみ合う


        相手の国の民までも
        憎み罵り合う


        なぜ人は
        争い合うのか


        なぜ人は
        奪い合うのか


        宗教間の対立
        国の価値観の対立
        人々の無理解と裁き心


        すべては
        愛の価値を
        知らぬことにある


        愛は憎しみに
        打ち勝つことを
        知らぬことにある


        すべては
        私達の全てを創られ
        許されている
        主を信じぬことにある


        愛の価値を疑い
        相手の仏性を疑い
        信じぬことにある


        主の説かれる
        教えに帰依し
        主の愛に
        全てを委ねること


        主が創られた
        お互いの仏性を
        信じ抜くこと


        主の説かれる
        新しい価値観に
        すべてのものが
        帰依すること


        それが
        最後の救い


        憎しみを捨て
        愛を取れ


        すべての救いが
        そこにある

         

         

         

         

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        新しい文化革命について

        0

          今日は、新しい文化革命について、探究してみたいと思います。

           

           

          2016年は、『君の名は』という新海誠監督のアニメ映画が

          空前の大ヒットを記録し、

          なんと1月27日時点で235.6億円、

          国内の歴代映画興行収入第4位だそうです!

           

          (ちなみに第1位は『千と千尋の神隠し』304億円、

          第2位『タイタニック』262億円、

          第3位『アナと雪の女王』254億円。)

           

          また、RADWIMPSが歌う主題歌『前前前世』も

          海外上映に向けて

          英語バージョンが新たに作られるほど人気で、

          すでに公開された香港、台湾、タイ、中国の

          映画ランキングでも1位を獲得し、

          世界中に『君の名は』旋風が吹いています。

           

           

          この映画『君の名は』大ヒットによって、

          この魂が入れ替わる世界観や、主題歌『前前前世』にみる

          生まれ変わりの歌詞が

          当たり前のように受け入れられることで、

          その前提にある「魂、霊界、転生輪廻」といった世界観を、

          多くの人々が受け入れたのです。

           

          これは、ある意味革命的出来事で、

          仏法真理の価値観を受け入れる一歩手前まで来ている

          ということを、大川隆法総裁は

          2016年12月ご法話『繁栄への決断』で説かれました。

           

          さらに、大川総裁は次のように説かれています。

           

          『そういう意味では、

          文化的、ソフト的な要素を持った革命もありました。

           

          この流れが、来年以降、だんだん、

          文学や芸能の世界でもアピールされ、

          次第に、現在の日本の精神的土壌が覆っていくこと、

          変わっていくことを大いに希望しています。』

           

          『今、全国民に向けて、

          あくまでも文化的なプロモーションで、

          そうした文化的底流でもって、

          大きな流れをつくろうとする動きを始めています。

           

          これは、「新しい挑戦」であり、

          一つの「創造的破壊」だと思っていただいて結構です。

          そのように、「一般の方々も巻き込んだかたちでの、

          新しい文化革命を起こしていきたい」

          と考えているのですが、こちらは、

          平和な路線での革命でありましょう。』

           

           

          ここで説かれた「新しい文化革命」とは、何でしょうか。

           

          ・文化的、ソフト的要素を持った革命

          ・文化的プロモーション、文化的底流で大きな流れを創る動き

          ・一般の方々も巻き込んだかたちでの平和な路線での革命

          であり、

          「新しい挑戦」

          「創造的破壊」

          であると説かれています。

           

           

          先ほどの映画『君の名は』でいえば、

          映画によって「魂、霊界、転生輪廻」といった世界観を、

          多くの人々が受け入れた

          という革命でありましょう。

           

          新しい文化革命とは、推測すると

          「文化的、ソフト的に霊的価値観、仏法真理の価値観を

          多くの人々が受け入れる精神革命」であるのかもしれません。

           

           

          一方で、戦後の日本は、

          唯物的思想や自虐史観に染まり、

          仏神への信仰心や霊的なものを軽視する風潮があります。

           

          しかしながら、日本の歴史を振り返ってみると、

          仏神を信じ、霊的にも高い文化を創ってきた時代が

          いくつもありました。

           


          『大川隆法霊言全集』第36巻 天御中主神の霊言(2)では、

          次のように説かれています。

           

          『いまや、インドも中国も、そして、ヨーロッパもアメリカも、

          また、イスラエルの地も、世界の宗教的中心と

          言いきれるだけの、

          実力もなければ霊的な香りもないと思う。

           

          いま、世界の宗教的な中心は、すなわち、これ、日本である。

          日本という国である。

           

          この、日の出ずる国、日の昇る国において、

          大いなる精神の波が押し寄せ、

          大いなる精神革命の息吹が、いま、始まろうとしておるのだ。

          大いなる胎動が始まろうとしておるのだ。

           

          われらが、三千年の長きにわたって、

          日本という国に溜めきたった、

          文化のエネルギー、神の栄光の蓄えが、いま、一挙に、

          この三次元の地上に噴出し、そして、

          その大いなるエネルギーの波が

          全世界を覆わんとしてきておるのである。』

           

           

          やはり、日本文化の高みを創った霊的背景としては、

          日本の神々が何度も生まれ変わって

          文化創りに数多く携わり、また天上界から支援し、

          現代の日本に新しい文化革命を起こすための

          精神的土壌を創ってきたのではないでしょうか。

           

          そして今、

          弘法大師空海が1200年磁場づくりをしたからこそ

          エル・カンターレが四国に下生されたように、

          日本の神々が三千年蓄えてきた

          文化のエネルギー、精神的土壌があるからこそ、

          エル・カンターレ信仰による精神革命、

          新しい文化革命が始まろうとしているのだと感じます。

           

           

          その意味で、新しい文化革命には、

          日本の神々、世界の神々に感謝を捧げ、

          日本の神々が創ってきた日本の霊的文化、

          そして東洋の神々が創ってきた霊的文化、

          西洋の神々が創ってきた霊的文化を

          学ぶ必要があると思うのです。

           

          なぜなら、

          現代の新しい文化づくりを目標として考えれば、

          何千年も昔から、

          神のマネジメントとして

          日本、東洋、西洋に独自の文化を創り、

          その価値観がエル・カンターレの価値観によって

          統合され、新文明の文化となるべく

          計画されてきたのではないかと思うからです。

           

          『神理文明の流転』では、次のように説かれています。


          『もうひとつは、

          儒教、キリスト教、仏教、イスラム教といった

          諸宗教を超えた全地球的な価値観をつくって、

          世界中に浸透させるということです。

           

          この価値観、文化が共通の言語の代わりになるのです。

          これをつくらない限り、

          どうしても世界はひとつにはならないのです。(中略)

           

          今、世界をひとつの価値観のもとに統合できるのは、

          幸福の科学の思想をおいて他にありません。

          我らはすべての統合を目指しています。

           

          すべての価値観を統合して共通の言語、共通の文化を築くこと、

          このようなすべての統合こそが、

          人びとが多様なるままにお互いを理解し、

          永遠の神に向かって向上してゆくための唯一の可能性なのです。


          私たちは、そのような大きな視野のもとに、

          今、戦いを開始しているのです。』
           

           

          これから始まる新しい文化革命は、

          「全地球的な価値観、

          すなわち仏法真理の価値観に基づく霊的文化であり、

          日本、東洋、西洋の文化の価値観を統合し、

          三千年の未来を見据えて

          後世に伝えるべき価値を含んだ文化を創っていく革命である」

          と感じます。

           

           

          ニュースター・プロダクション、HSU未来創造学部をはじめ、

          数多くの信仰心と情熱ある方々がこの文化革命に参画され、

          大きなうねりを起こして世の中の価値観を変えていくことを

          願っています。

           

           

           

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          創造の自由と独創性について

          0

            今日は、創造の自由と独創性について

            探究してみたいと思います。

             

             

            来年は映画「君のまなざし」も公開予定で、

            芸能・クリエーター系の分野で新しい扉が開く年になる

            と感じています。

             

            クリエーターを目指す方々にとって、

            作品づくりの際に常に頭にあるのが

            ”オリジナリティがあるか”と

            いうことではないでしょうか。

             

             

            やはり、真理価値の高い作品を作りたいと願うならば、

            どれだけ独創性が発揮できるが大事であり、

            オリジナリティということは

            世の中にすでにあるものではなく、

            天上界の理想の理念を作品に宿すことができるか、

            ここに”悟り”や”美”など目に見えない価値を

            どれだけ表現できるかにかかっていると思います。

             

             

            では、どのようなものが

            独創性が高く、かつ真理価値の高い作品といえるのか。

             

             

            それについて、『幸福への道標』で次のように説かれています。

             

            「いかに独創的なものであっても、その発想の根底が、

            地獄的なる想念によって満たされているとするならば、

            これは残念ながら、ほんとうの意味での独創性に値しない

            と考えてよいと思うのです。

             

            というのは、独創性は、本来、仏が持っている創造の自由と

            きわめて密接に関連しているからです。

             

            仏が創造の自由によって世を創ったときに、その手本と

            なるものは何もなかったのです。

             

            何もないところから創り上げたということは、

            そこに独創的な考えがあったということです。

             

            この独創的な考えは、単に独創的であるだけでなく、その底に、

            「すべてのものがよくなりますように」という

            念いが潜んでいたのです。」(『幸福への道標』より)

             

             

            つまり、独創性が、

            地獄的なる想念やこの世的な欲望を満たす方向の

            発想から来るものであるならば、

            ほんとうの意味での独創性に値しないということです。

             

             

            真理価値の高い独創性とは、

            仏の子としての”創造の自由”を発揮し、

            「すべてのものがよくなりますように」

            という念いの方向性があるということなのです。

             

             

            また、独創性と善について次のように説かれています。

             

            「この世界の根底にあるのは「善」なのです。

            善なるエネルギーなのです。

             

            仏は創造の基に、「善」という考え方を

            明らかに持っているのです。

             

            したがって、みなさんは、自由の発揮の仕方として、

            「善を選び取る。善に志し、向かう」という性質を

            持たなければなりません。

             

            すなわち、人生における独創性は、

            「われにもよし、人にもよし」という観点から

            追究されねばならないのです。

             

            そうでなければ、ほんとうの意味で独創的であると

            言うことはできないのです。

             

            むしろ、この善なる志向のない“独創”は、独りで走る

            「独走」といった漢字を当てるほうが適切かもしれません。

            独りで走っていった結果、その最後は哀れなものと

            なっていることが多いように思えるのです。」

            (『幸福への道標』より)

             

             

             

            仏の子としての”創造の自由”の発揮の仕方として、

            「善を選び取る。」という性質をもつこと。

             

            人生における独創性は、

            「われにもよし、人にもよし」という観点から

            追究されねばならない

            と説かれています。

             

             

            これは、作品における独創性としても、

            「人々を幸福にする」という観点を目指すこと

            が真理価値の高める基準となるのではないでしょうか。

             

             

            ”善”なる志向のない”独創”は、

            「独走」のように独りよがりとなり、

            人々に認められるものとはなりません。

             

            もしくは、この世的価値観でみたら

            アートや芸術作品として認められていても、

            欲望や劣情をあおり、人々を幸福にしない作品は

            これからの新文明の芸術文化において

            だんだんと評価が低くなっていくことでしょう。

             

             

            最後に、『光ある時を生きよ』から、

            「夢の力」の詩をご紹介します。

             

            「汝が夢をみることができるということは、
             汝に神と同じく創造の自由が

             与えられているということなのだ。
             こうした貴重なる体験が夢であることを知れ。

             

             夢の中で飛翔せよ。
             夢の中で自己を拡大せよ。
             夢の中で大いに生きよ。
             夢の中で自らを限定するなかれ。

             

             人間よ、必ず、心の中に夢を持て。
             夢なき時、汝は死したのである。
             夢なき時、汝は老いたのである。

             

             人間よ、老いこんではならない。
             永遠の若さを保て。
             永遠の若さとは、
             すなわち、夢を抱く力である。夢を想う力である。

             

             夢の中に限界が現われた時に、
             汝の限界もまた画されるのだ。

             

             人びとよ、夢を描く能力がいくら多くとも、
             だれに恥ずることもないということを知れ。

             

             夢を描く能力が、どれだけ大きいかを誇れ。」

            (『光ある時を生きよ』より)

             

             

            芸能・クリエーターを目指す方々が、

            自己の限界を突破し、潜在能力を発揮し、

            心の力で夢を描いて現実化していくことを

            心から願っています。

             

             

             

             

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            「左翼史観」と「英雄史観」について

            0

              今日は、「左翼史観」と「英雄史観」について

              探究してみたいと思います。

               

               

              歴史を語るうえで、外せないのが司馬遼太郎だと思います。

               

              大川隆法総裁は、

              経典『司馬遼太郎なら、この国の未来をどう見るか』のなかで、

              司馬さんのことをこのように説かれています。

               

              「司馬遼太郎は、戦後日本の左翼史観にペン一本で英雄史観を

              ひっさげて立ち向かった人だった。それは、幸福の科学の、

              光の天使たちが歴史を創り変えているという考えとも合致している。」(まえがきより)

               

              「司馬さんの功績としては、

              『英雄史観によって、左翼史観と戦う勇気を与えてくれた』

              ということが大きいと思います。(中略)

              私は、『英雄史観が入ることによって、神の世界が近づいた』

              と考えています。」

               

               

              2016年は『革命の年』といわれ、

              アメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生し、

              日本人は自分の国は自分で護れというスタンスであることから、

              日本の国は重大な岐路に立たされています。

               

               

              一方で、

              中国共産党率いる中国は、一党独裁の軍事国家であり、

              近隣諸国への侵略意図をもっている唯物論、共産主義国家です。

               

               

              日本の共産党をはじめ、

              暴力革命を肯定する共産主義を信奉する人々、

              沖縄での左翼運動をはじめ、

              戦争反対、環境保護、平和主義を唱えながら

              結果的に中国を利する方向になっている左翼思想の方々も

              数多くいます。

               

               

              では、そうした方々を数多く輩出した

              戦後日本の教育の中心であった「左翼史観」とは何でしょうか。

               

               

              大川隆法総裁は、『左翼史観』について、次のように説かれています。

               

              「『英雄』なるものは存在しない。

              『神仏の代理人』のような高級な人間は存在しない。

               

              みな同じく、ただの労働者であり、ただの人間なのだ。

              たまたま時代環境が変わったために、そういう人たちが英雄に見えただけだ。

               

              戦争の時代になったら、戦に強い人が出てくるのは当たり前ではないか。

              戦争がなければ、そういう人だって、ただの凡人で終わっているはずだ。

              だから、人によるのではなく、環境によるのだ」

               

              という考え方を左翼史観というのです。

               

               

              「特に「左翼史観」を持っている人たちは、

              人間の結果平等を求める傾向があるので、

              歴史上の英雄を否定していく傾向があります。

               

              個人としての成功、つまり、

              「英雄としての資質が開花して、大きな事業を成し遂げた」

              という考え方は、どちらかといえば、

              「英雄史観」であり“スーパーマン志向”

              でもありますし、保守や右翼系の思考に馴染む傾向があります。

               

               左翼のほうは、そういう人間を“すり潰し”て、

              みな、同じに見る傾向があるため、

              「時代の流れや背景によって、たまたま英雄が出てこられるのだ」とか、

              「大勢の力によって、そうなったのだ」とか考えます。」

              (『幸福の心理学』講義より)

               

               

               

              一言でいうと、左翼史観は「凡人史観」であり、

              「自分に引き寄せて物事や人を見る人には、そのように見える」ということです。

               

               

              そうした「偉人や英雄を否定する心」は、

              やはり、「神や仏を否定する心」に完全につながっていくもの

              なのです。

               

               

              それに対して、幸福の科学の「歴史観」について、

              『大川隆法名言集 大川隆法猗展の概念疇門』の中で

              次のように説かれています。

               

               

               「『黄金の法』に代表されるような

              「幸福の科学」の「歴史観」は、こういったものです。
               

               「この“地球”には、マクロの視点での文明計画を司っている方々がいらっしゃる。

              天上界における“高級諸霊”と言われる方々である。

              彼らは、地上の文明がより『幸福』という方向性に向かうように、計画を立てる。

              そして、ある時代のある地に、時には誰かを送り込み、

              時には自ら生まれ、人類の指導者となる。

               

              このようにして、『この世』を『幸福』という方向性に導くために、発展させてきたのだ」
               こうした前提を持つ「幸福の科学」は、“英雄史観”を非常に大切にしています。」

               

               

              一言でいえば、

              至高神による神のマネジメントがあり、

              光の天使、すなわち”英雄”たちが

              人々を導いてきたということなのです。

               

              「歴史上、神仏の意を体した人たちが出てきて、

              さまざまな時代・地域において国づくりをしてきた」

              という考えが、「英雄史観」です。

               

               

              邪悪なるものを想定して戦おうとすることは、

              ファシズムではなく、

              「民主主義の基本的な正義」です。

               

              民衆を護り、平和を護るヒーローは独裁者ではなく、

              英雄です。

               

              「アジアの人々のために命懸けで戦うこと」は、

              侵略ではなく、神の正義を実現するための抑止力です。

               

               

              戦後教育が左翼史観だったために、

              戦争反対、環境保護で平和に暮らしたいと

              考えている方々の多くは、

              本当に善良な方々だと思います。

               

              ただ、その思想が唯物論であり、

              神仏を否定する考え方であり、

              幸福になりたいと願っていても幸福になれない

              考え方であるために、

              どうかもう一度考えてみていただきたいのです。

               

               

              学校で受けた歴史教育は果たして正しかったのか。

              自虐史観的な考え方は、日本国民を幸福にするだろうか。

               

              どちらの考え方が、現在の日本を護り、人々を奮い立たせ、

              この日本をふたたび繁栄に導くことができるか。

               

               

              これを深く考え抜いたときに、

              日本の未来に光が灯るのだと感じます。

               

               

               

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              日本の誇りと武士道精神

              0

                今日は、日本の誇りについて書きたいと思います。

                 

                 

                 

                先日のアメリカ大統領選で、共和党トランプ氏が

                大多数のヒラリー支持マスコミの世論や既得権益を持つ資本家、

                団体からの相当な逆風のなか、逆転勝利しました。

                 

                 

                これは、日本にとっては

                大変喜ぶべきことであると思います。

                 

                なぜなら、トランプ大統領は

                日本の自主独立、自主防衛を主張しているからです。

                 

                 

                それに対してヒラリーは、

                オバマ路線を踏襲し、今までよりも

                中国寄りになる可能性が高かったのです。

                (ビル・クリントン時代にはジャパン・パッシングが行われた)

                 

                 

                そして、世界の警察官から撤退する一方、

                日米安保の核の傘で日本を護るとしつつ、

                日本の軍国主義化を防ぐための在日米軍

                (瓶のふた理論)でもありました。

                 

                 

                日本の真の自主独立と防衛をさせないようにしているのは、

                他ならぬアメリカでもあったのです。

                 

                 

                大川隆法総裁は、

                今年1月からトランプ大統領の当選を予言していました。

                 

                トランプ氏は正直で信頼できる人物であると言及され、

                彼には世界の問題を解決する力がある、

                新たにアメリカを再建してくれる、

                と指摘していました。

                 

                 

                日本のマスコミも、

                トランプの過激な暴言ばかりを報道してきましたが、

                トランプの真実の姿を報道しなければ、

                アメリカと同じ轍を踏むことになりかねません。

                 

                 

                「自分の国を自分で護れるか」

                「中国の軍事拡張からアジアの同胞を護り、平和を保てるか」

                 

                これは、トランプ大統領となって

                日本に突きつけられた、国の命運をかけた問題でもあり、

                戦後70年の清算として国の在り方を問う大事件でもあります。

                 

                 

                中国という軍事国家による侵略で

                アジアが脅威にさらされている今、

                日本が自分の国を自分で護れず、

                アジアの友好国の支援もできず、

                他国からの軍事的支援も期待できず、

                アメリカは日本を本気で護ろうとしないのであれば、

                日本は属国化するしか道がありません。

                 

                 

                日本が自分の国を自分で護る真の独立国家となるためには、

                国内の唯物論、左翼教育による自虐史観を改め、

                日本の誇りと自信を取り戻さなくてはなりません。

                 

                 

                歴史学者のトインビーという方は、

                「12,3歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、

                例外なく滅んでいる」

                と言っています。

                 

                神話をないがしろにした国家は、底が浅く、

                民族の誇りを失わせるものがあるのです。

                 

                 

                戦後の唯物論、左翼教育によって、

                日本の神話はほとんど学ばれなくなりましたが、

                実は、日本は現存する世界の国家のなかで、

                ある意味では「最古の国家」であり、

                天照大神の子孫である天皇が統べられる統一国家として

                少なくとも二千年以上の歴史を持っている国です。

                 

                そして、天照大神をはじめとする日本の神々が統べる国として、

                神へと向かう信仰心と愛国心でまとまった祭政一致の国でした。

                 

                 

                かつて黄金の国ジパングといわれ、

                16世紀には当時世界最大といわれた

                戦国時代の関ヶ原の戦いがあり、

                春夏秋冬の四季のなかで日本独自の文化や芸術が花開き、

                侍による武士道や、調和を重んじる和の心、

                国のために、多くの人々を護るために、

                命を捧げる潔さがありました。

                 

                 

                今こそ、日本人として、

                日本の誇りと自信、

                武士道精神と和の心を

                取り戻さなくてはなりません。

                 

                最後に、以前書いた詩を紹介いたします。

                 

                 

                 

                『大和の誇り』

                 

                日の本の国の
                誇るべきは
                和の心なり

                 

                世を遍く照らす
                太陽のごとき慈愛

                 

                大和魂は侍なり

                 

                大義のために死する覚悟
                国を護る気魄なり

                 

                静のなかに動あり
                動のなかに静あり

                 

                静けさのなかに
                時が四季を奏で

                流れる水の音に
                静寂が時を止める

                 

                諸行無常の美なり

                 

                大和の誇りを取り戻せ

                 

                日の本の国より
                ふたたび太陽が昇らん


                 

                 

                 

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                「愛」と「カルマ」について

                0

                  今日は、「愛」と「カルマ」について、

                  学んでみたいと思います。

                   

                   

                  最近、魂のカルマについて、よく考えることがあります。

                   

                  カルマとは、魂の傾向性のことです。

                   

                  幸福の科学の教えでは、

                  人間は永遠の生命を持っており、

                  幾転生あの世の実在界からこの世の現象界に

                  生まれ変わっている存在です。

                   

                   

                  「人間には本来、本体と分身とがある。本体と五人の分身、

                  すなわち魂の兄弟があって、

                  そのうちの一人が交互に現象界に出て、魂の修行を積む」

                   

                  この魂の兄弟がそれぞれの時代に作ってきた性格や傾向性が、

                  魂に染み込んでいるレベルにまでなっているものが

                  カルマであり、魂の傾向性といわれるものです。

                   

                   

                  例えば手が、手のひらと5本の指があって、

                  トータルで”手”と認識されるように、

                  人間の本体が心臓で、頭、両手、両足があり

                  ”人間”であるように、

                  自分の存在は、本体と分身5人の魂の兄弟がいて

                  トータルで”自分”であるわけです。

                   

                   

                  別のたとえでいえば、

                  自分という個性が小学校時代、中学校、高校、大学、社会人と

                  いろいろな時代を生きて、その時々で若干性格が変わったり、

                  強みや好みが変わったりするように、

                  自分という個性が様々な国の様々な時代に生まれ変わり、

                  形作ってきた性格や個性は、若干違うけれども

                  自分自身であるのです。

                   

                   

                  その中で幾転生生まれ変わって作ってきた魂の傾向性は、

                  性格や思考パターンや判断基準、失敗パターンまで

                  だいたい同じなのです。

                   

                   

                  この魂の傾向性や過去世といわれるものは、

                  幸福の科学の会員できちんと修行していれば、

                  宗教修行や瞑想修行、精舎での研修によって

                  気づくこともあるかもしれません。

                   

                   

                  そのなかで、過去世、こんなことで失敗した、

                  ということが分かったとして、

                  さあどうするか。

                   

                   

                  幾転生を経て作ってきた魂の傾向性ゆえに失敗しているとして、

                  この傾向性を変えることは本当に容易ではありません。

                   

                  逆にいえば、

                  過去世の悪しきカルマがあるからこそ、

                  今世そのカルマの刈り取りも

                  人生の問題集として与えられているのです。

                   

                   

                  例えば、人間関係の問題で、

                  過去世に侍で正義感は強いけれども

                  人を裁きすぎて失敗した場合、

                  今世もおなじように正義感をもって生きていても、

                  自らの失敗パターンを深く認識して心の持ち方を変えなければ、

                  過去世と同じような人生を生き、

                  同じような失敗パターンにはまってしまうのです。

                   

                  また、愛の問題でも、

                  ソウルメイトといわれる縁の深い人々がいて、

                  良縁だったり逆縁もあるといわれています。

                   

                  その人の人生のなかで必ず出会うことになっている人がいて、

                  その人の助けになったり、逆に試練を与える役割になっている

                  人もいると言われています。

                   

                   

                  恋愛や人間関係での失敗体験が尾を引いて、

                  「もう人を信じられない」とか、

                  「愛するのが怖い」という人もいます。

                   

                  そういう人は、過去世でも人間関係で失敗し、

                  愛に傷ついた可能性が高いのではないかと思います。

                   

                   

                   

                  愛の問題は、人生の問題集の共通課題だといわれています。

                   

                  愛を疑って人生を生きる人は、

                  愛を信じられなくなっているのかもしれません。

                   

                   

                  経典『太陽の法』には、次のように説かれています。

                  「神は愛なり。」

                  「愛の存在を信じる者は、神の存在を信じよ。

                  愛の力を信ずる者は、神の力を信ぜよ。

                  なぜならば、神は、愛だからである。」

                   

                   

                  神を信仰しているならば、

                  愛を信じることです。

                   

                  神の力を信じるならば、

                  愛の力を信じることです。

                   

                  なぜなら、神は愛であるからです。

                   

                   

                  過去世のカルマを清算し、

                  魂の傾向性を変えるには、

                  まず、「愛の力を信じること」からはじめよう

                  と決意しました。

                   

                  経典『マインド・セットを変えよ』には、

                  次のように説かれています。

                   

                  「逆転の発想をし、「マイナスをプラスに転じる方法はないか」

                  ということを常に考えてください。

                  「積極的で建設的な未来をつくるには、どうすればよいか」

                  ということを考える習慣をつけてほしいのです。」

                   

                   

                  この教えをカルマの問題に当てはめて考えるならば、

                  この魂の傾向性ともいえる持続する心構え、

                  マインド・セットを変えるには、

                  マイナスの傾向性をプラスに転じる方法はないかと

                  常に考え、どうすれば建設的な未来が創れるかを

                  考える習慣をつけることであるはずです。

                   

                   

                  今世の人生で積極的で建設的な未来をつくるためには、

                  悪しきカルマである裁き心や奪う愛、欠点といえる傾向性を、

                  心の力によって無我に中道に戻し、

                  寛容や与える愛、宗教修行による徳の光に変えていくこと。

                   

                  それが、今世のみならず、未来世幾転生にも通じる

                  魂の軌道修正につながるのではないかと思っています。

                   

                   

                  最後に、昔インスピレーションを受けて

                  書いた詩をひとつご紹介します。

                   

                   

                   

                  『人生とカルマ』

                   

                  ひとよ
                  過去幾転生
                  あなたは
                  人を裁いていたか

                   

                  ひとよ
                  過去幾転生
                  あなたは
                  人を愛していたか

                   

                  いまの悲しみは
                  あなたに
                  ひとつの真実を
                  告げている

                   

                  自分は何者であったかを
                  自分は何を気付くべきかを

                   

                  ひとよ
                  未来は過去の経験を
                  砥石として
                  新しい自分となるためにあるのだ

                   

                   

                   

                   

                   

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                  創造の自由とスプーン一杯の貢献について

                  0

                    今日は、『ユートピア価値革命』の中から、

                    創造の自由について探究してみたいと思います。

                     

                     

                    『ユートピア価値革命』第1章「新時代の展望」には、

                    次のように説かれています。

                     

                    「ユートピアの原点は、個人を超えたものへの熱き情熱です。」

                     

                    ユートピアの原点は、

                    個人を超えたものへの熱き情熱と説かれています。

                     

                    個人の成功や幸福のみを追求し、

                    自らの属する組織や日本の国に何らかの貢献をしたい

                    という気持ちが起きてこないならば、

                    ユートピアを語る資格がないのです。

                     

                    人類の歴史は、連綿と人々の智慧を集積して

                    積み上げてきたものであり、

                    その文明・文化を創ってきたのは、

                    ほかならぬ私たちの過去世の姿でもあります。

                     

                     

                    過去世界のために何らかの貢献をしたいと願い、

                    努力した人々が積み上げてきたものの上に、

                    私たちは今生きています。

                     

                     

                    そうであるならば、

                    今、私たちがなすべきことは、

                    少しでも個人を超えた組織や日本の国や世界への愛のために、

                    貢献していくこと、多くの人々を幸福にしたいという願いで

                    熱き情熱をもって行動することではないでしょうか。

                     

                     

                    「人間は、やはり、唯一の信念を持つべきなのです。

                    それは、『普遍なるもの』

                    『永遠なるもの』に奉仕せんとする願いです。」

                     

                     

                    有限の寿命、時間を生きている人間であるけれども、

                    霊的には永遠の生命を与えられています。

                     

                     

                    そうであるならば、

                    この世での数十年の人生のなかで

                    自分の幸福を追求してただ朽ち果てるだけでなく、

                    なにか後世に残るものを、永遠の理想、

                    ユートピア創りに少しでも貢献しようと願い、

                    自らの”創造の自由”を発揮して行動することが

                    大事なのではないでしょうか。

                     

                     

                    ”創造の自由”を発揮するためのポイントについて、

                    3つ説かれています。

                     

                    【指針 曚泙鎖瓦里覆に素晴らしきものを創造せよ

                     

                    【指針◆朮耆澆簗祥斥澆鯲イ譟∩把召平瓦農犬よ

                     

                    【指針】自分の手を離れたものの成長を謙虚に喜べ

                     

                     

                    創造の自由は、

                    まず「心のなかにおいて、ある種の考えを形成する」と

                    いうところから始まっていくべきであると説かれています。

                     

                    人類の文明文化を進歩させた偉大な発明も、

                    まず個人の心に浮かんだアイデアとして、

                    生まれているのです。

                     

                     

                    心は磁石であり、心の創造作用を使えば、

                    あらゆるものを引き寄せます。

                     

                    豊かにもなり、貧乏にもなり、心の力によって

                    心に思っているものを引き寄せ、

                    環境を変え、多くの人々の集合想念によって

                    世界が変わっていくのです。

                     

                     

                    よきアイデアとは、実は天上界のイデア、理念、

                    無限の宝があって、

                    その一部が自分にインスピレーションとして、

                    恩寵として与えられたものでもある

                    と説かれています。

                     

                    ”創造の自由”を真に発揮して貢献していくためには、

                    天上界にある無限のアイデア、ユートピア創りのアイデアを

                    この地上に降ろし、素直な心で、

                    そのアイデアが自分の手を離れて成長したとしても、

                    謙虚に喜ぶ心境が大事だということなのです。

                     

                     

                     

                    この3つのポイントを踏まえたうえで、

                    多くの方々が自らの夢を描き、

                    新時代をつくるために

                    人類の歴史を貫く「愛の大河」に

                    スプーン一杯の貢献をしていくことを、

                    心から願っています。

                     

                     

                     

                    しかし、

                    夢を描いて理想に燃えて頑張っていたとしても、

                    現実とのギャップや劣等感に苦しみ、

                    挫折を味わって傷ついている人も

                    たくさんいらっしゃると思います。

                     

                     

                    最後に、私が昔、夢に向かって歩みつつ、

                    現実がうまくいかず苦しんでいた時、

                    インスピレーションを受けて書いた詩を、

                    皆さまにご紹介します。

                     

                     


                    『友よ、健やかなれ』

                     

                     

                    友よ
                    昔語り合った夢が
                    どれだけ青くとも


                    夢を描き続けて
                    歩み続けた友よ

                     

                    今の現実が
                    どれほど苦しく

                     

                    遅々たる歩みに
                    嘆こうとも

                     

                    夢は確かに
                    地に降り

                     

                    荒れ果てた大地から
                    芽吹いている

                     

                    時の早さと
                    人生の短さに
                    思い悩む友よ

                     

                    時がきたら
                    花は一日で咲くのだ

                     

                    雨風や嵐に負けず
                    日照りや雪に負けず

                     

                    青き色のまま
                    伸びて行け

                     

                    現実という灰色は
                    鮮やかな青には
                    かなわない

                     

                    灰色に染まるな

                    幹は確かに伸びている

                     

                    妥協という茶色は
                    鮮やかな青には
                    似合わない

                     

                    茶色を混ぜるな

                     

                    その青さこそ
                    どんな環境にもめげず
                    見事な花を咲かせる

                     

                    友よ
                    健やかなれ

                     

                     

                     

                     

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                    内なる価値基準に従う決意について

                    0

                      今日は、内なる価値基準に従う決意について

                      探究してみたいと思います。

                       

                       

                      『未来型人間とは』の最後には、

                      『「外なる価値基準ではなく、

                      内なる価値基準に従って生きよう」と決意すること、

                      この決意の勇気こそが必要なのです』

                      と説かれています。

                       

                       

                      内なる価値基準に従う決意と一言で言っても、

                      三次元に生きている私たちが、

                      現代の常識や大組織のカルチャーに従うよりも、

                      内なる価値基準に従って生きることは、

                      実際には非常に勇気のいることだと思います。

                       

                       

                      大川隆法総裁先生が最近説かれた『凡事徹底』講義のなかでは、

                      質疑応答で、組織文化とセクショナリズムの弊害、

                      その奥にある自己保身についても説かれておりました。

                       

                      内なる価値基準に従うことを躊躇させるものは、

                      なんでしょうか。

                       

                      一つには、自己保身があると思います。

                       

                       

                       

                      『神理文明の流転』第3章 勇気の原理 

                      の中に次のように説かれています。

                       

                      『すでに誘いの言葉があり、

                      導きの光があってなお殻から出ないということは、

                      いったいどういうことでしょうか。

                      これは自己保存以上のことではないでしょうか。』

                       

                       

                      今までのやり方でうまくいかなくなっている、

                      発展が止まっている時には、

                      やはりイノベーションしていくことが必要です。

                       

                       

                      そんな時に、今までのやり方がこうだから、

                      組織のカルチャーがこうだから

                      といって殻にこもり、同じやり方を続けていると、

                      結局は組織に貢献できず、どんどん行き詰まってしまいます。

                       

                       

                      こういう時こそ、

                      内なる価値基準に従い、

                      「なぜなのか?」

                      という自然の疑問をもって

                      原点回帰することが必要ではないでしょうか。

                       

                       

                      『凡事徹底』講義では、

                      たとえ平社員であっても

                      一職員であっても、全体の発展のために

                      今何が必要かを考え続けることが大事であり、

                      若くても、そういう全体を見て提言できる方が

                      実は経営担当者なのだ

                      そういう方が出てこない組織は絶対に傾くと説かれました。

                       

                       

                      だからこそ、一人一人が自己保身という

                      さなぎの殻を打ち破って自己変革し、

                      自信をもって提言していくことが大切です。

                       

                       

                      『けれども、いつまでたっても

                      さなぎの殻のなかから抜け出てこない者がいます。

                      私はそのような方に問いたいのです。

                       

                      まわりの者に殻を破ってもらわなければならないほど、

                      自分というものに自信がないのか。

                      外なる環境を不信の目でもって眺めるのか。

                      そんなに羽を生やすということが怖いのか。

                      そんなに空を飛ぶということが恐ろしいのか。

                       

                       真に値打ちのあるもの、

                      真によろこびを伴うものを手に入れるためには、

                      少なくとも経験において獲得するためには、

                      殻を破って飛翔せねばならないということです。』

                      (「勇気の原理」より)

                       

                       

                      一人一人が信仰心を深め、内なる価値基準に従い、

                      大川隆法総裁先生であればどう考えるかを考えて、

                      光の使命をもう一歩進める決意こそ、

                      今必要なのだと感じております。

                       

                      そうであってこそ、

                      大きな組織でも打てば響く組織に

                      イノベーションできるのだと思います。

                       

                      『「さなぎの殻を打ち破れ。そして羽化登仙せよ。

                      さすれば、目の前には大空が広がっているであろう。

                      その大空に飛び立ち、上昇気流に乗って、世界を眺めてみよ」。

                      そう言っているのです。』(「勇気の原理」より)

                       

                       

                      最近、経典『目覚めたる者となるためには』も

                      発刊されましたが、

                      主が海外巡錫を再開された今、

                      主は私たち弟子に、

                      「霊的に目覚めてほしい、そして霊的に目覚めた人々が、

                      もっと自信をもって世界に羽ばたき、羽化登仙してほしい」

                      と強く願われていると感じます。

                       

                       

                      最後に、昔書いた自作の詩を一つ載せさせていただきます。

                       

                       

                      『羽化登仙』

                       

                      若き葉を
                      自由自在に
                      這い回っていた
                      あの日


                      滴り落ちる水滴を
                      浴びる悦びを
                      密かに味わっていた
                      あの頃

                       

                      僕は
                      この世界を
                      すべて感じ取れる
                      つもりでいた

                       

                      だけど
                      何度か葉っぱから
                      滑り落ち
                      敵に襲われ

                       

                      うまくいかない人生に
                      ちっぽけな自分を
                      噛み締めたとき

                       

                      ほんとは
                      何も知らないんだって
                      自分を責めた

                       

                      もっと広い視野を持ちたい
                      もっと大きな世界に出たい


                      もっと自分の命を
                      何かのために生かしたい

                       

                      多くの仲間のために
                      役立てたい

                       

                      だけど
                      力が足りない

                       

                      そんな無力感のなか
                      厳しい冬を耐え抜いて


                      来る日も来る日も
                      世界のことを考え続けた

                       

                      まだ見ぬ世界のことを
                      まだ知らぬ
                      仲間たちのことを

                       

                      僕の世界は
                      緑の葉が生い茂る世界

                       

                      だけど
                      神様はなぜ
                      僕に生命を与えたのだろう

                       

                      神様はなぜ
                      こんなちっぽけな僕を
                      生んだのだろう

                       

                      来る日も来る日も
                      考え続け
                      やがて春が来た

                       

                      そして
                      運命の日が訪れた

                       

                      大きな世界を見たいと
                      願った切なる祈りは

                       

                      ついに
                      僕の殻を突き破り
                      僕の身体を変身させた

                       

                      広い視野を持ち
                      多くの仲間のために
                      尽くしたいと願った
                      その切なる祈りは

                       

                      僕の背中から
                      美しい羽となって現れ

                       

                      空高く美しく舞う
                      蝶の歓びとなって

                       

                      広い世界で
                      数多くの仲間を
                      癒やし

                       

                      励ます使命を
                      与えられた

                       

                      もう一片の悔いもない

                       

                      たとえ
                      青虫の世界に
                      もう戻れないとしても

                       

                      たとえ
                      僕の命は
                      儚く尽きるとしても
                      広い世界を見たんだ

                       

                       

                       

                       

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