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「愛」と「カルマ」について

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    今日は、「愛」と「カルマ」について、

    学んでみたいと思います。

     

     

    最近、魂のカルマについて、よく考えることがあります。

     

    カルマとは、魂の傾向性のことです。

     

    幸福の科学の教えでは、

    人間は永遠の生命を持っており、

    幾転生あの世の実在界からこの世の現象界に

    生まれ変わっている存在です。

     

     

    「人間には本来、本体と分身とがある。本体と五人の分身、

    すなわち魂の兄弟があって、

    そのうちの一人が交互に現象界に出て、魂の修行を積む」

     

    この魂の兄弟がそれぞれの時代に作ってきた性格や傾向性が、

    魂に染み込んでいるレベルにまでなっているものが

    カルマであり、魂の傾向性といわれるものです。

     

     

    例えば手が、手のひらと5本の指があって、

    トータルで”手”と認識されるように、

    人間の本体が心臓で、頭、両手、両足があり

    ”人間”であるように、

    自分の存在は、本体と分身5人の魂の兄弟がいて

    トータルで”自分”であるわけです。

     

     

    別のたとえでいえば、

    自分という個性が小学校時代、中学校、高校、大学、社会人と

    いろいろな時代を生きて、その時々で若干性格が変わったり、

    強みや好みが変わったりするように、

    自分という個性が様々な国の様々な時代に生まれ変わり、

    形作ってきた性格や個性は、若干違うけれども

    自分自身であるのです。

     

     

    その中で幾転生生まれ変わって作ってきた魂の傾向性は、

    性格や思考パターンや判断基準、失敗パターンまで

    だいたい同じなのです。

     

     

    この魂の傾向性や過去世といわれるものは、

    幸福の科学の会員できちんと修行していれば、

    宗教修行や瞑想修行、精舎での研修によって

    気づくこともあるかもしれません。

     

     

    そのなかで、過去世、こんなことで失敗した、

    ということが分かったとして、

    さあどうするか。

     

     

    幾転生を経て作ってきた魂の傾向性ゆえに失敗しているとして、

    この傾向性を変えることは本当に容易ではありません。

     

    逆にいえば、

    過去世の悪しきカルマがあるからこそ、

    今世そのカルマの刈り取りも

    人生の問題集として与えられているのです。

     

     

    例えば、人間関係の問題で、

    過去世に侍で正義感は強いけれども

    人を裁きすぎて失敗した場合、

    今世もおなじように正義感をもって生きていても、

    自らの失敗パターンを深く認識して心の持ち方を変えなければ、

    過去世と同じような人生を生き、

    同じような失敗パターンにはまってしまうのです。

     

    また、愛の問題でも、

    ソウルメイトといわれる縁の深い人々がいて、

    良縁だったり逆縁もあるといわれています。

     

    その人の人生のなかで必ず出会うことになっている人がいて、

    その人の助けになったり、逆に試練を与える役割になっている

    人もいると言われています。

     

     

    恋愛や人間関係での失敗体験が尾を引いて、

    「もう人を信じられない」とか、

    「愛するのが怖い」という人もいます。

     

    そういう人は、過去世でも人間関係で失敗し、

    愛に傷ついた可能性が高いのではないかと思います。

     

     

     

    愛の問題は、人生の問題集の共通課題だといわれています。

     

    愛を疑って人生を生きる人は、

    愛を信じられなくなっているのかもしれません。

     

     

    経典『太陽の法』には、次のように説かれています。

    「神は愛なり。」

    「愛の存在を信じる者は、神の存在を信じよ。

    愛の力を信ずる者は、神の力を信ぜよ。

    なぜならば、神は、愛だからである。」

     

     

    神を信仰しているならば、

    愛を信じることです。

     

    神の力を信じるならば、

    愛の力を信じることです。

     

    なぜなら、神は愛であるからです。

     

     

    過去世のカルマを清算し、

    魂の傾向性を変えるには、

    まず、「愛の力を信じること」からはじめよう

    と決意しました。

     

    経典『マインド・セットを変えよ』には、

    次のように説かれています。

     

    「逆転の発想をし、「マイナスをプラスに転じる方法はないか」

    ということを常に考えてください。

    「積極的で建設的な未来をつくるには、どうすればよいか」

    ということを考える習慣をつけてほしいのです。」

     

     

    この教えをカルマの問題に当てはめて考えるならば、

    この魂の傾向性ともいえる持続する心構え、

    マインド・セットを変えるには、

    マイナスの傾向性をプラスに転じる方法はないかと

    常に考え、どうすれば建設的な未来が創れるかを

    考える習慣をつけることであるはずです。

     

     

    今世の人生で積極的で建設的な未来をつくるためには、

    悪しきカルマである裁き心や奪う愛、欠点といえる傾向性を、

    心の力によって無我に中道に戻し、

    寛容や与える愛、宗教修行による徳の光に変えていくこと。

     

    それが、今世のみならず、未来世幾転生にも通じる

    魂の軌道修正につながるのではないかと思っています。

     

     

    最後に、昔インスピレーションを受けて

    書いた詩をひとつご紹介します。

     

     

     

    『人生とカルマ』

     

    ひとよ
    過去幾転生
    あなたは
    人を裁いていたか

     

    ひとよ
    過去幾転生
    あなたは
    人を愛していたか

     

    いまの悲しみは
    あなたに
    ひとつの真実を
    告げている

     

    自分は何者であったかを
    自分は何を気付くべきかを

     

    ひとよ
    未来は過去の経験を
    砥石として
    新しい自分となるためにあるのだ

     

     

     

     

     

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    創造の自由とスプーン一杯の貢献について

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      今日は、『ユートピア価値革命』の中から、

      創造の自由について探究してみたいと思います。

       

       

      『ユートピア価値革命』第1章「新時代の展望」には、

      次のように説かれています。

       

      「ユートピアの原点は、個人を超えたものへの熱き情熱です。」

       

      ユートピアの原点は、

      個人を超えたものへの熱き情熱と説かれています。

       

      個人の成功や幸福のみを追求し、

      自らの属する組織や日本の国に何らかの貢献をしたい

      という気持ちが起きてこないならば、

      ユートピアを語る資格がないのです。

       

      人類の歴史は、連綿と人々の智慧を集積して

      積み上げてきたものであり、

      その文明・文化を創ってきたのは、

      ほかならぬ私たちの過去世の姿でもあります。

       

       

      過去世界のために何らかの貢献をしたいと願い、

      努力した人々が積み上げてきたものの上に、

      私たちは今生きています。

       

       

      そうであるならば、

      今、私たちがなすべきことは、

      少しでも個人を超えた組織や日本の国や世界への愛のために、

      貢献していくこと、多くの人々を幸福にしたいという願いで

      熱き情熱をもって行動することではないでしょうか。

       

       

      「人間は、やはり、唯一の信念を持つべきなのです。

      それは、『普遍なるもの』

      『永遠なるもの』に奉仕せんとする願いです。」

       

       

      有限の寿命、時間を生きている人間であるけれども、

      霊的には永遠の生命を与えられています。

       

       

      そうであるならば、

      この世での数十年の人生のなかで

      自分の幸福を追求してただ朽ち果てるだけでなく、

      なにか後世に残るものを、永遠の理想、

      ユートピア創りに少しでも貢献しようと願い、

      自らの”創造の自由”を発揮して行動することが

      大事なのではないでしょうか。

       

       

      ”創造の自由”を発揮するためのポイントについて、

      3つ説かれています。

       

      【指針 曚泙鎖瓦里覆に素晴らしきものを創造せよ

       

      【指針◆朮耆澆簗祥斥澆鯲イ譟∩把召平瓦農犬よ

       

      【指針】自分の手を離れたものの成長を謙虚に喜べ

       

       

      創造の自由は、

      まず「心のなかにおいて、ある種の考えを形成する」と

      いうところから始まっていくべきであると説かれています。

       

      人類の文明文化を進歩させた偉大な発明も、

      まず個人の心に浮かんだアイデアとして、

      生まれているのです。

       

       

      心は磁石であり、心の創造作用を使えば、

      あらゆるものを引き寄せます。

       

      豊かにもなり、貧乏にもなり、心の力によって

      心に思っているものを引き寄せ、

      環境を変え、多くの人々の集合想念によって

      世界が変わっていくのです。

       

       

      よきアイデアとは、実は天上界のイデア、理念、

      無限の宝があって、

      その一部が自分にインスピレーションとして、

      恩寵として与えられたものでもある

      と説かれています。

       

      ”創造の自由”を真に発揮して貢献していくためには、

      天上界にある無限のアイデア、ユートピア創りのアイデアを

      この地上に降ろし、素直な心で、

      そのアイデアが自分の手を離れて成長したとしても、

      謙虚に喜ぶ心境が大事だということなのです。

       

       

       

      この3つのポイントを踏まえたうえで、

      多くの方々が自らの夢を描き、

      新時代をつくるために

      人類の歴史を貫く「愛の大河」に

      スプーン一杯の貢献をしていくことを、

      心から願っています。

       

       

       

      しかし、

      夢を描いて理想に燃えて頑張っていたとしても、

      現実とのギャップや劣等感に苦しみ、

      挫折を味わって傷ついている人も

      たくさんいらっしゃると思います。

       

       

      最後に、私が昔、夢に向かって歩みつつ、

      現実がうまくいかず苦しんでいた時、

      インスピレーションを受けて書いた詩を、

      皆さまにご紹介します。

       

       


      『友よ、健やかなれ』

       

       

      友よ
      昔語り合った夢が
      どれだけ青くとも


      夢を描き続けて
      歩み続けた友よ

       

      今の現実が
      どれほど苦しく

       

      遅々たる歩みに
      嘆こうとも

       

      夢は確かに
      地に降り

       

      荒れ果てた大地から
      芽吹いている

       

      時の早さと
      人生の短さに
      思い悩む友よ

       

      時がきたら
      花は一日で咲くのだ

       

      雨風や嵐に負けず
      日照りや雪に負けず

       

      青き色のまま
      伸びて行け

       

      現実という灰色は
      鮮やかな青には
      かなわない

       

      灰色に染まるな

      幹は確かに伸びている

       

      妥協という茶色は
      鮮やかな青には
      似合わない

       

      茶色を混ぜるな

       

      その青さこそ
      どんな環境にもめげず
      見事な花を咲かせる

       

      友よ
      健やかなれ

       

       

       

       

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      内なる価値基準に従う決意について

      0

        今日は、内なる価値基準に従う決意について

        探究してみたいと思います。

         

         

        『未来型人間とは』の最後には、

        『「外なる価値基準ではなく、

        内なる価値基準に従って生きよう」と決意すること、

        この決意の勇気こそが必要なのです』

        と説かれています。

         

         

        内なる価値基準に従う決意と一言で言っても、

        三次元に生きている私たちが、

        現代の常識や大組織のカルチャーに従うよりも、

        内なる価値基準に従って生きることは、

        実際には非常に勇気のいることだと思います。

         

         

        大川隆法総裁先生が最近説かれた『凡事徹底』講義のなかでは、

        質疑応答で、組織文化とセクショナリズムの弊害、

        その奥にある自己保身についても説かれておりました。

         

        内なる価値基準に従うことを躊躇させるものは、

        なんでしょうか。

         

        一つには、自己保身があると思います。

         

         

         

        『神理文明の流転』第3章 勇気の原理 

        の中に次のように説かれています。

         

        『すでに誘いの言葉があり、

        導きの光があってなお殻から出ないということは、

        いったいどういうことでしょうか。

        これは自己保存以上のことではないでしょうか。』

         

         

        今までのやり方でうまくいかなくなっている、

        発展が止まっている時には、

        やはりイノベーションしていくことが必要です。

         

         

        そんな時に、今までのやり方がこうだから、

        組織のカルチャーがこうだから

        といって殻にこもり、同じやり方を続けていると、

        結局は組織に貢献できず、どんどん行き詰まってしまいます。

         

         

        こういう時こそ、

        内なる価値基準に従い、

        「なぜなのか?」

        という自然の疑問をもって

        原点回帰することが必要ではないでしょうか。

         

         

        『凡事徹底』講義では、

        たとえ平社員であっても

        一職員であっても、全体の発展のために

        今何が必要かを考え続けることが大事であり、

        若くても、そういう全体を見て提言できる方が

        実は経営担当者なのだ

        そういう方が出てこない組織は絶対に傾くと説かれました。

         

         

        だからこそ、一人一人が自己保身という

        さなぎの殻を打ち破って自己変革し、

        自信をもって提言していくことが大切です。

         

         

        『けれども、いつまでたっても

        さなぎの殻のなかから抜け出てこない者がいます。

        私はそのような方に問いたいのです。

         

        まわりの者に殻を破ってもらわなければならないほど、

        自分というものに自信がないのか。

        外なる環境を不信の目でもって眺めるのか。

        そんなに羽を生やすということが怖いのか。

        そんなに空を飛ぶということが恐ろしいのか。

         

         真に値打ちのあるもの、

        真によろこびを伴うものを手に入れるためには、

        少なくとも経験において獲得するためには、

        殻を破って飛翔せねばならないということです。』

        (「勇気の原理」より)

         

         

        一人一人が信仰心を深め、内なる価値基準に従い、

        大川隆法総裁先生であればどう考えるかを考えて、

        光の使命をもう一歩進める決意こそ、

        今必要なのだと感じております。

         

        そうであってこそ、

        大きな組織でも打てば響く組織に

        イノベーションできるのだと思います。

         

        『「さなぎの殻を打ち破れ。そして羽化登仙せよ。

        さすれば、目の前には大空が広がっているであろう。

        その大空に飛び立ち、上昇気流に乗って、世界を眺めてみよ」。

        そう言っているのです。』(「勇気の原理」より)

         

         

        最近、経典『目覚めたる者となるためには』も

        発刊されましたが、

        主が海外巡錫を再開された今、

        主は私たち弟子に、

        「霊的に目覚めてほしい、そして霊的に目覚めた人々が、

        もっと自信をもって世界に羽ばたき、羽化登仙してほしい」

        と強く願われていると感じます。

         

         

        最後に、昔書いた自作の詩を一つ載せさせていただきます。

         

         

        『羽化登仙』

         

        若き葉を
        自由自在に
        這い回っていた
        あの日


        滴り落ちる水滴を
        浴びる悦びを
        密かに味わっていた
        あの頃

         

        僕は
        この世界を
        すべて感じ取れる
        つもりでいた

         

        だけど
        何度か葉っぱから
        滑り落ち
        敵に襲われ

         

        うまくいかない人生に
        ちっぽけな自分を
        噛み締めたとき

         

        ほんとは
        何も知らないんだって
        自分を責めた

         

        もっと広い視野を持ちたい
        もっと大きな世界に出たい


        もっと自分の命を
        何かのために生かしたい

         

        多くの仲間のために
        役立てたい

         

        だけど
        力が足りない

         

        そんな無力感のなか
        厳しい冬を耐え抜いて


        来る日も来る日も
        世界のことを考え続けた

         

        まだ見ぬ世界のことを
        まだ知らぬ
        仲間たちのことを

         

        僕の世界は
        緑の葉が生い茂る世界

         

        だけど
        神様はなぜ
        僕に生命を与えたのだろう

         

        神様はなぜ
        こんなちっぽけな僕を
        生んだのだろう

         

        来る日も来る日も
        考え続け
        やがて春が来た

         

        そして
        運命の日が訪れた

         

        大きな世界を見たいと
        願った切なる祈りは

         

        ついに
        僕の殻を突き破り
        僕の身体を変身させた

         

        広い視野を持ち
        多くの仲間のために
        尽くしたいと願った
        その切なる祈りは

         

        僕の背中から
        美しい羽となって現れ

         

        空高く美しく舞う
        蝶の歓びとなって

         

        広い世界で
        数多くの仲間を
        癒やし

         

        励ます使命を
        与えられた

         

        もう一片の悔いもない

         

        たとえ
        青虫の世界に
        もう戻れないとしても

         

        たとえ
        僕の命は
        儚く尽きるとしても
        広い世界を見たんだ

         

         

         

         

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        ヘルメス思想と芸術による神の子の証明について

        0

          今日は、ヘルメス思想について探究してみたいと思います。

           

           

           

          最近、『ルネサンス・コード』という本を読みました。

           

          一言でいうと、本当に面白い!という内容でした。

           

          本著は、イタリア・ルネサンス時代の

          芸術の思想的バックボーンにある、

          ヘルメス思想の暗号を浮かび上がらせたという意味で、

          非常に興味深く読めました。

           

          人間罪の子として原罪を背負い、

          自由を抑圧された中世キリスト教社会の中で、

          天才芸術家たちがいかにして、人間神の子としての創造の自由、

          人間の尊厳を芸術として表現したか。

           

          ヘルメス思想で説かれるメッセージを芸術に織り込んで、

          この芸術作品に込められた霊的な力が人間性の解放をもたらし、

          時代を変革する力ともなった。

           

          当時のキリスト教の権威主義によっては、

          キリスト教国も収まらず、情勢が不安定で

          閉塞感が漂っていた時代に、

          ヘルメス思想による芸術が時代を変える原動力となったのです。

           

          そしてルターの宗教改革が起き、

          大きな革命に繋がっていったのです。

           

          その意味で、政治の混迷に加え、当時のキリスト教が

          人々を救えなくなっていた時代に、政治・宗教だけではなく、

          芸術文化に込められたメッセージによって

          人々の心のなかに

          時代を変える機運が高まっていったというのは、

          本当に興味深いことです。

           

          『愛から祈りへ』のなかで、次のように説かれています。

           

          「実在界において、ヘルメスはおもに

          二つの役割を果たしています。

          一つは、発展繁栄をつかさどる役割です。

          ギリシャにおけるヘルメスの繁栄が、

          現在まで西洋文明の繁栄を創ってきたという

          事実があるのです。」

           

          「ヘルメスのもう一つの役割は芸術的な部分です。

          ヘルメスは文学や絵画といった

          芸術系統の指導もしてきました。」

           

          昔からギリシャには

          「悪魔は芸術を解さない」ということわざがあり、

          発展繁栄の力が神から出ているものであることを

          証明するために、

          ヘルメスは芸術の領域をかなり強く前面に押し出し、

          絵画や音楽、詩など、

          芸術面から証明を行ったと説かれているのです。

           

           

          その意味で、

          ヘルメス思想には

          芸術による人間神の子の証明を行い、

          文明開化や発展繁栄をもたらす力がある

          ということであり、

          その証明がイタリア・ルネサンス

          でもあったのではないでしょうか。

           

          今日は最後に、第二のルネッサンスへの試みとして、

          昔書いた詩のなかから一つ載せさせていただきます。

           

           

           

          『愛の信念』

           

          ひとよ 

          美しき人生を
          歩みたいなら
          信念を貫け

           

          何のための信念か
          それを心に問え

           

          自己実現のため
          それとも愛ゆえに

           

          逆境に負けず
          愛ゆえに信念を
          貫くとき
          魂が輝きを増す

           

          多くの人の
          心を潤す
          愛の泉が
          湧き出ずる

           

          恐怖に負けて
          信念を曲げるとき
          魂に負け犬の
          刻印が刻まれる

           

          ひとよ
          多くの人を
          幸福にせんがために
          信念を貫くとき
          主の愛のパイプから
          無限の光がほとばしる

           

          主の愛は無敵なり

           

          主の僕が
          愛の行軍をなすとき
          多くの協力者が
          現れる

           

          魂の美しき輝きに
          愛ゆえの信念に
          主の愛を感じとる

           

          愛に敵なし

           

          この世的にどれほど
          劣勢であろうとも
          恐怖は愛に勝てない

           

          魂の永遠を信じよ

           

          愛こそ
          主の働き
          天使たちの使命

           

          主の愛に生きるとき
          この世にて
          いかなる結果となろうとも
          敗れざる者となる
          魂の勝利者となる

           

          愛はすべてを育み
          美しく輝かせる
          最大の力なり

           

          愛の信念を貫け

           

           

           

           

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          未来型人間と「自由の創設」について

          0

            今日もまた『ユートピア価値革命』から、未来型人間の探究をしてみたいと思います。

             


             

            『ユートピア価値革命』第5章「ユートピア価値革命」には、次のように説かれています。

             

            「ユートピア価値革命は単なる精神的活動ではない」

             

            「それは、ある意味で、この三次元世界における革命です。

            「真理の尺度に照らして価値なきものを、青龍刀でもって切り捨てる」という荒作業なのです。」

             

             

            ともすれば、私たちは心の王国を守り、

            心を磨くことを大事にするあまり、

            精神的な幸福さえあればよいという

            思いになってしまっているかもしれません。

             

             

            しかし、その仏教的な心の教えを土台としつつ、

            「この世とあの世をつらぬく幸福」、すなわちこの世においても

            真なる幸福の具体化をしていかなくてはなりません。

             

             

            宗教的な考えを持つ方が、この世でも成功していくには、

            やはり今、意識変革が必要な時だと思います。

             

             

             

            心の幸福を求め、同じ信仰を持つ人々と交流して

            幸福に暮らしていても、

            この国が誤った方向に向かっていたり、

            唯物論・無神論国家として隷属への道を

            進もうとしているならば、

            やはり、立ち上がらなくてはなりません。

             

             

            最近の心の指針で、

            「眠れるものは正義を知らず」という指針がありましたが、

            おとなしく隷属すれば、平和がやってくると思ってはいけない。

            と説かれています。

             

             

            やはり、智慧あるものは必ず正義に目覚める、

            とあるように、「神の正義」に目覚め、

            この世でも神の正義を実現するべく

            行動を開始しなくてはなりません。

             

             

             

            もう一段、私たちは、この世で真の幸福を実現するパワー、

            意志、具体的な実力を身につけて、

            中国の属国になろうとするような無神論者の勢力や、

            信教の自由を抑圧する勢力と戦わなくてはなりません。

             

             

             

            経典『信仰のすすめ』第4章 愛は風の如くには、

            ヘルメス神の考えが説かれています。

             

             

            「ヘルメスは、その無償の愛に基づいて、

            この世においてもユートピアをつくろうとしました。

             

            この世において理想の世界をつくろうとしました。

             

            この世の世界において発展を目指したのです。

             

            この世において諦めなかったのがヘルメスです。

             

            彼は、この世においても、

            調和ある世界をつくりたいと思ったのです。」

             

             

             

            この世における調和ある世界は、

            百田尚樹の「カエルの楽園」のように

            平和ボケしてできるものではありません。

             

            その意味で、私たち日本人は目覚めることが必要です。

             

             

             

            「ユートピア価値革命」には、次のように説かれています。

             

            「結局、真に自由なる人間が

            真に自由を発現する過程において、

            その人を縛っていた鎖や足枷が

            外されている過程でもあります。」

             

             

            「私たちの動きは、

            個人個人の単位を取ったならば、

            本来、自由なる人間が、

            立ち上がっていくプロセスでしょう」

             

             

            「本来あったものを、本来の姿として現すこと、

            それこそが自由にほかなりません。

            幸福の科学は、こういう大きな自由という理念の下に、

            今、新たな活動をしていかなくてはならないのです。」

             

             

             

            ユートピア価値革命とは、

            現在、幸福実現党で言われているところの

            「自由の創設」でもあり、

            この世の幸福の具体化のために、

            ユートピア創りを目指す活動でもある

            ということだと思います。

             

             

             

            だからこそ、幸福実現党は必要であり、

            日本の国を護り、国民の自由と繁栄を目指し、

            世界の宗教国家の対立にも提言できる

            見識をもっている政党として、

            多くの人々にもっと知って頂きたいと願っています。

             

             

             

             

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            未来型人間と「罪」の意識について

            0

              今日もまた、「ユートピア価値革命」から未来型人間の探究をしたいと思います。

               

               

               

              『ユートピア価値革命』第5章「ユートピア価値革命」には次のように説かれています。

               

               

              「今まで宗教的には罪と決められてきたこと、

              そして、罪を犯した結果、

              罰を受けるとされてきた事柄に対して、挑戦していく」

               

               

              「みなさんを一般的に縛っていたもの、

              そうした価値だけではなく、

              次には、神の手のもとに、みなさんの額に罪として刻まれた

              十字架を疑わねばならない時が来るのです。」

               

               

              前回、未来型人間とは、

              「心の縛り」を取り去り、「本来の自由」を発見し、

              自らの花を自然に咲かせることに専念する

              という心の持ち方、マインド・セットに変えること

              と述べました。

               

               

              ここではさらに過去の文明・文化が創ってきた縛りだけでなく、

              神から出て宗教の教えとして受け継がれてきた教えの縛りをも

              対象にしています。

               

               

              宗教的に「罪」とされてきたもの、

              例えばどのようなことでしょうか。

               

               

              キリスト教であれば、

              人間は原罪を背負っているものとされ、

              人間罪の子思想が根強くあります。

              そして、キリスト教徒以外の異教徒は

              地獄行きという教えもあります。

               

               

              イスラム教でも、

              いまだに自由恋愛したイスラム教国の王女が

              石打ちの刑にあったり、

              改宗したら死刑になったりします。

               

               

              キリスト教やイスラム教のような一神教だけでなく、

              仏教においても、お金や異性を

              罪悪視する意識はあるでしょう。

               

               

              何が言いたいかというと、

              このような過去の聖人たちが説かれた

              宗教の教えであっても、

              現代という時代に合わず、

              また現代の人々を真に幸福にしないならば、

              そのお仕着せの価値観、罪意識を

              今一度何故なのか考えてみる必要があるということです。

               

               

               

              そして、勇気をもって、こういう「罪の観念」

              と闘わねばならないということなのです。

               

               

              それぞれの宗教を信奉している方々にとっては、

              危険な考え方かもしれません。

               

              これこそ、触れてはならないタブーであり、

              教義に対する挑戦であるかもしれません。

               

               

               

              しかしながら、

              過去教えをといたキリスト教のイエス・キリストや

              イスラム教のムハンマドは、

              天上界の一なる神からの指導を受けて、

              その地域の人々を、真に幸福にするために

              教えを説かれたはずです。

               

               

               

              そして現代、世界中がつながっている世の中において、

              当時の時代の教えによって、宗教同士の紛争や

              近代化が遅れている部分、男尊女卑や

              「罪の意識」によって抑圧されている

              文化があるならば、

              それは人々を真に幸福にしているとはいえません。

               

               

              もし、今イエス・キリストやムハンマドが

              新しい教えを説かれたら、

              きっとその「罪の意識」や

              現代に合わない教えの部分は

              修正され、今人々を真に幸福にするための

              教えを説かれるのではないでしょうか。

               

               

               

              今、問題となっている宗教対立の原因は、

              「一神教」であるキリスト教とイスラム教の

              原理主義的な考え方が、発展を妨げ、

              異教徒を「神対悪魔」の戦いとみて

              他宗教を排斥し、

              「お互いを理解し合えないこと」

              だと思います。

               

               

               

              現代という地球規模での正義の価値観、

              すなわち何が正しいのかが

              分からなくなっている時代こそ、

              現代にあった地球規模で

              人々を幸福にする価値観が必要です。

               

               

               

              幸福の科学の教えを学ぶ私たちであるならば、

              人間は転生輪廻して、幾転生いろいろな国に

              生まれ変わっている存在であり、

              キリスト教国に生まれることもあれば、

              イスラム教国に生まれたり、仏教国に

              生まれることもあることを学んでいます。

               

               

              その霊的真実こそ、

              さまざまな国の人々が分かり合えるための

              一つの鍵ではないでしょうか。

               

               

              日本神道と仏教の国であり、

              東洋と西洋を融合した文化を持つ日本の人々が、

              宗教について学びを深め、

              世界の人々と宗教について

              深く理解しあえる日が来ることを願います。

               

               

               

               

               

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              『未来型人間』と『マインド・セットを変えよ』の共通点

              0

                今日も、引き続き

                未来型人間について探究してみたいと思います。

                 

                 

                 

                経典『ユートピア価値革命』第4章「未来型人間とは」には、

                次のように説かれています。

                 

                 

                『ヘルメスの時代のギリシャでは、基本的思想として、

                「内在する自然の思いに忠実に生きていくことこそが善であり、

                その内在する自然の思いは、ギリシャの風土に

                象徴されるように、

                かくまでも美しく、かくまでも透明であり、

                それほどまでに人々を調和の思いに導くものである」

                と考えられていたのです。』

                 

                そしてこの考え方は、

                人間を単なる「操り人形」から

                解き放とうとする考え方

                なのです。

                 

                 

                「当然」と考えられている価値基準は、

                その価値基準から外れた時に苦しみを生みます。

                 

                「なぜ?」という問いを発することは、

                「青臭い、幼い、もっと大人になれ」と言われ続けて

                社会人を続けるうちに、考えることを

                やめてしまったのかもしれません。

                 

                 

                しかし、現代の社会通念や

                この世的「常識」といわれるものが、

                永い人類の歴史から見て、

                「当然」ということができるでしょうか。

                 

                 

                現代の戦後の日本の価値観や「常識」が、

                自分自身の考えを「縛っている」ということに

                気づくことが、本来の自己に目覚め、

                魂の力を湧出させることにつながると思うのです。

                 

                 

                 

                また、『未来型人間とは』では次のように説かれています。

                 

                『「自らを解放せよ」』

                 

                『「人間は、本来、自由であるのに、

                至る所で鉄鎖につながれている」

                といった哲学者もいますが、「自由を知る」ということは、

                必然的に、「縛りを認めない。お仕着せの価値を認めない」

                ということなのです。』

                 

                 

                 

                ここでいう「本来の自由」とは、

                『ダリアの球根にはダリアの花が咲き、

                桜の木には桜の花が咲き、アサガオの種をまけば

                アサガオが咲くように、ごく自然に、

                神が予定している美しき調和の姿を現す』

                ということだと説かれています。

                 

                これが「自由の発見」と言われているのです。

                 

                 

                 

                『自分のうちにある自由の芽というものを発見すること。

                それを伸ばし、他の人に咲くべき花を自らに咲かそうと

                するのではなく、自らの花を自然に咲かせること。』

                 

                 

                この出発点は、

                一つは「自分は縛られている」という現実を直視すること。

                もう一つは「自由の発見」だと説かれています。

                 

                 

                 

                 

                実は、この「未来型人間とは」で説かれている教えは、

                体得すれは1億円以上の価値があるといわれている

                「マインド・セットを変えよ」の教えと同じことを

                説いているのではないかと思うのです。

                 

                『競争の世界から外に一歩出なさい。

                そして、自分のなかに

                「成功の種を見つけ出し、それを育てなさい」』

                 

                 

                『戦いの相手は存在するけれども、

                本当は存在しないも同然であって、

                じつは「自分一人の戦い」なのです。

                すなわち、自分だけの戦いのなかで、自分の本当の力を

                出すことだけに専念すればよいのです。』

                 

                 

                という教えは、

                他人との比較やこの世的価値観による競争の世界から外に出て、

                ダリアの球根にはダリアの花を咲かせるように、

                「心の縛り」を取り去り、「本来の自由」を発見し、

                自らの花を自然に咲かせることに専念せよ

                ということなのです。

                 

                 

                この「マインド・セット」に心を変えたとき、

                心の主力エンジンに火が点火されるのだと思います。

                 

                 

                 

                 

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                『心の透明感』と現代の『常識』について

                0

                  今日は、前回の続きとして未来型人間を探究してみたいと思います。

                   

                   

                   

                  経典「ユートピア価値革命」

                  第4章「未来型人間とは」のなかで、

                  『まだ、みなさんのあり方のなかに現れていないものとして、

                  かつてのギリシャ的なるものがあるのです。』

                  と説かれています。

                   

                   

                  では、かつてのギリシャ的なるもの、とは何でしょうか?

                   

                  一点目として、『心の透明感』が挙げられています。

                   

                   

                  限りなく透き通っておりながら、

                  深い色合いを持っているような人間の出現。

                   

                   

                  自分の心を見つめてみたときに、どこまでの透明感があるか。

                  どこまで透き通っているか。

                   

                  これを点検しなさいと説かれています。

                   

                  透明感がないと思う方へ、なにゆえに底が見えないのか、

                  それを考える必要があります。

                   

                   

                   

                  なぜ『心の透明感』がなくなってしまったのか。

                   

                  それは、

                  『あまりにも余計な価値観を身につけすぎた』ということ、

                  すなわち人間が作り出した現在の常識を

                  無条件に受け入れて身につけすぎている、

                  ということなのです。

                   

                  なぜ、なにゆえに、それが『常識』となっているのか。

                  これを深く考えたことは私も含めてあまりないかもしれません。

                   

                   

                  しかし、主エル・カンターレの説かれる仏法真理、

                  霊的人生観に基づく価値観が明かされている今、

                  この世的論理による『常識』というものは、

                  人間の無限の可能性を押さえつけている『余計な価値観』

                  であるかもしれません。

                   

                   

                  すなわち、

                  心の透明度とは、

                  『まず、自らの心の生地、この純粋なるものから

                  発するものを信ずる』ということ。

                   

                  ここから出発しなければならない、と説かれています。

                   

                   

                   

                  『常識』として教育のなかで

                  与えられてきたものを中心に判断するのではなく、

                  自分自身の自然なる姿に照らして、

                  どのような生き方が不自然であり押し付けであり、

                  この世的価値観であり余計な価値観なのか。

                  これを考えてみるということです。

                   

                   

                  要するに、この世的価値観や

                  『常識』と言われているもので判断しているのか、

                  それとも、自分の内面の真心から

                  純粋に素直に出てきた判断であるのか、

                  これを点検するということなのです。

                   

                   

                  「自らが思いを起こし、行動を起こす際に、その思いと行動は、自らに本来備わっている源から

                  純粋に出ているものであるかどうかを確認せよ」

                   

                   

                  これができるかどうかが、未来型人間になれるかどうかの一つの分かれ目だと思います。

                   

                   

                  宗教修行、信仰生活をして仏法真理を

                  学んでいる私たちであっても、

                  この世の『常識』や『価値観』、

                  そして現代に力をもっている国家、マスコミ等と

                  ぶつかることは数多くあります。

                   

                  そのような時、この世的価値観や『常識』、

                  この世的権力に負けてしまっては、

                  魂の力は出てこないのです。

                   

                   

                   

                  この世の常識や現代の社会構造がこうであるから、

                  今までずっとこのような教育を受けてきたから、

                  親がこのようにいうからという理由で

                  この世の『常識』に

                  負けてしまってはなりません。

                   

                   

                   

                  なぜ、なにゆえに宗教団体が母体である幸福実現党が

                  このような理不尽な弾圧を受けなければならないのか。

                   

                  これが永田町の論理だから、マスコミの常識だから、

                  という理由をうのみにすることができるでしょうか。

                   

                   

                   

                  例えば、幕末に活動した維新の志士たちは、

                  それまで300年近く続いた江戸幕府の常識をうのみにせず、

                  自らの内なる純粋な価値観に従って命がけで行動したからこそ、

                  成し遂げられたのです。

                   

                   

                  江戸幕府の将軍に逆らって、また藩の殿様に逆らって、

                  脱藩する、また新しい時代を開くための

                  活動をするということは、

                  当時の常識にとっては本当に犯罪でもあり、

                  国家を扇動する不穏分子とみられていたことでしょう。

                   

                   

                  それをものともせず、自らの内なる価値基準に従って

                  命がけで行動した方々がいたからこそ、

                  明治維新は成し遂げられたのです。

                   

                   

                  今の日本で、新しい時代を切り拓くためには、

                  現在の常識をうのみにせず、

                  勇気をもって内なる価値基準に従う決意が

                  必要です。

                   

                   

                   

                  今、日本のみならず世界を救うための

                  新たな教えが説かれています。

                   

                  現在の日本の常識的考えと行動では

                  日本と世界を救えないなら、

                  やはり精神的脱藩して新たな価値基準に従う

                  勇気が求められているのです。

                   

                   

                  このことを肝に銘じて、内なる価値基準に従って

                  行動していきたいと思います。

                   

                   

                   

                   

                   

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                  未来型人間と未来都市東京

                  0

                    今日は少し幸福の科学の会員のみなさま向けの内容となっています。

                     

                    最近個人的に気になっているのが、「未来型人間」という言葉です。

                     

                    1.未来都市東京

                     


                     

                     

                    昔からの会員の方は、90年代によく学ばれたと思いますが、

                    あのころ大川隆法総裁が説かれた「未来型人間」という教えは、

                    今まさに必要な教えであると感じています。

                     

                    リオオリンピックの閉会式での日本の演出を観た時に、

                    「2020年は未来都市東京だ!」という感覚が

                    脳裏によぎりました。

                     

                    何かブレードランナーの映画を観ているときのような

                    未来都市のイメージと、

                    「日本は文化大国になる」という

                    未来への希望が湧いてきました。

                     

                    あの演出は個人的には好きで、

                    日本の洗練された未来文化のイメージは、

                    欧米から見ても好意的に

                    受け止められたのではないかと思います。

                     

                    未来都市、東京。

                     

                    2020年東京オリンピックを機縁として、

                    再び日本人が力を合わせて

                    未来都市東京を目指していくには、

                    何が必要でしょうか。

                     

                    もちろん、政治的には

                    七海さんの言われるような聖都東京の政策が

                    必要でしょう。

                     

                    では、私たち一人一人に必要なものは何か。

                     

                    それは、

                    未来への希望

                    だと思うのです。

                     

                    中国や北朝鮮、韓国からの脅威に晒されながら、

                    日本の国を憂う私たちには、

                    希望の未来を描く力が必要です。

                     

                     

                    2.未来社会の原型は、永遠のギリシャにある

                     

                    希望の未来を描くという意味で、

                    どのような未来を描けばよいか。

                     

                    経典『ユートピア価値革命』第4章「未来型人間とは」には、

                    次のように説かれています。

                     

                    『私は、あえて挙げるとするならば、

                    「来るべき未来社会のなかで、みなさんが未来型人間として

                    生きていく、その原型は、永遠のギリシャにある」と

                    述べておきたいと思います。』

                     

                    これから創るべき未来社会の原型は、永遠のギリシャにある

                    と言われているのです。

                     

                    永年のギリシャであるヘルメスの時代に生まれた方々は、

                    転生してインドに大量に生まれ、その後現代の日本に

                    大量に生まれていると説かれています。

                     

                    この永遠のギリシャの時代の息吹を、

                    現代の日本に甦らせよ、ということではないでしょうか。

                     

                     

                    また未来型人間についてこのように説かれています。

                     

                    『これからの時代に必要とされる人間像は、

                    仏陀とヘルメスを融合した姿である」ということです。

                    これが一つの理想像としてあり、

                    この姿に人々は続いていくことになります。』

                     

                     

                    自分自身の今世の人生を振り返ってみても、

                    過去世の魂の兄弟の性格が

                    今世の人生に現れるといわれるように、

                    人生のなかで内向的な性格が強く出ている時期があり、

                    また外交的な面が強く出ている時期もありました。

                     

                    皆さんにも、そういう時期はおありだと思います。

                     

                    この経典で説かれているように、

                    仏法真理を学んで心の修行をした私たちは、

                    仏教的生き方をスタート点としながら、

                    それにヘルメス的生き方を上乗せしていきなさいと

                    言われているわけです。

                     

                    さらに次のように説かれています。

                     

                    『まだ、みなさんのあり方のなかに

                    現れていないものとして、

                    かつてのギリシャ的なるものがあるのです。

                    それを、自らの内に発見し、

                    自らの外に実現しなくてはなりません。』

                     

                    『これからの時代を生きていく人間は、

                    少なくとも仏陀の時代から

                    ヘルメスの時代へと移っていくのです。』

                     

                    まだ、本格的に表れていないものとして、

                    内在する叡智の発露としてのギリシャ的なるものがあり、

                    私たちには、

                    永遠のギリシャの繁栄をこの日本に

                    よみがえらせる使命があると言われているのです。

                     

                     

                    未来への希望を描いて、

                    世界に誇れる未来都市東京を実現していきたいものですね。

                     

                     

                     

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                    20代の方に特におすすめの本!

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                    今日は、久しぶりにブログを書いてみたいと思います。

                     

                    最近読んだ本の中で、私の一押しがこれ!

                     

                     

                    『稼げる男の見分け方』−富と成功を引き寄せる10の条件ー

                    (大川隆法著)

                     


                     

                     

                    どんな男が出世するか、教えます。

                     

                    という帯コピーですが、

                     

                    まさにこの本、20代のときに読みたかったなあ〜

                    とつくづく感じた本でした!

                     

                    テーマとしては、

                    どんな男が稼げる男になるか、

                    ということですが、

                    女性が男を見抜くポイントでもあるということで

                    ズバッと10の条件を教えてくださっているのです。

                     

                    これを知っているのと知らないのとでは

                    大違い!

                     

                    男性としては、この条件で女性に見られているのかも、

                    とドキッとすることもあるかもしれません。

                     

                     

                    もう中堅になってきている私にとっては、

                    『少しバカなほうがいい』

                    『嫉妬の銃弾をかいくぐれるか』、や

                    『責任感』の部分など、

                    なるほどな〜と感じるところばかりです。

                     

                    本当わかりやすくまとまっているので、

                    まさにこれを実践すればいいんだ!

                    と思いつつ、もう少し早く知っていれば・・

                    と思わせる本でした。

                     

                    そんなわけで、20代の方に特におすすめの本!

                     

                    ビジネスマンとして出世を目指す男性にも、

                    また男を見る眼を養いたい女性にも、

                    この稼げる男の10の条件は、

                    学んで損はありません!

                     

                    ぜひ読んでみてください。

                     

                     


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                    評価:
                    コメント:まさにこの本、20代のときに読みたかったなあ〜とつくづく感じた本でした!


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