執筆から1500年以上のちに、
一人の天文学者がその本を読んだ。
ヨハネス・ケプラーである。
読んだのは、
クラウディオス・プトレマイオスの
『ハルモニア論』。
宇宙の音階を記した
第3巻の失われた章を、
ケプラーは復元しようとした。
それが、
科学史を動かす糸口になった。
今日は、
このプトレマイオスの
『ハルモニア論』について
探究してみたい。
プトレマイオスとヨハネス・ケプラー
前回、
アリストテレスと音楽について探究した。
その後の音楽論的系譜として
挙げられるのが、
アリストクセノス
(紀元前375ー335)である。
ピュタゴラス派で学びつつ、
アリストテレスの弟子となり、
『ハルモニア原論』を書いた
逍遥学派の哲学者だ。
それから500年後。
エジプトのアレクサンドリアにて、
2世紀に生まれて
天文学の権威となった人物がいる。
クラウディオス・プトレマイオス
(A.D.83-168)である。
彼が『ハルモニア論』を創り上げた。
このプトレマイオスは、
数学、天文学、占星学、音楽学、
光学、地理学、地図製作学など、
幅広い範囲に業績を残した。
自らをピュタゴラス派とは呼ばず、
ときには批判的だったと言われている。
だが、
”天球のハーモニー”という概念を
研究し、取り上げた。
そのことで、
この概念に長い未来を与えたといわれる。
彼の業績は、
それ以前の考えや知識を受け継ぎ、
それに彼自身の天性の数学的才能を
加えたことにある。
以後千年以上にわたって
西洋の宇宙観を支配する、
地球中心の天文学(天動説)を
まとめ上げたのである。
このプトレマイオスの『ハルモニア論』は、
執筆後1500年以上経って、
ヨハネス・ケプラーが読んだ。
宇宙の音階を記述していた
第3巻の失われた章の復元を
試みるうちに、
偉大な発見の糸口をつかみ、
思いがけなく科学史に
影響を与えることになった。
非常に興味深く、
ロマンを感じるエピソードである。
(※プトレマイオスは
地球中心説(天動説)天文学の
完成者である。
ケプラーはプトレマイオスと
コペルニクス(地動説)の天文学を学び、
ケプラーの法則を発見し、
最終的に
太陽中心説(地動説)の強化に
つながった。)
プトレマイオスの考案した宇宙の音階
プトレマイオスは、
ピュタゴラス派が唱えていた
天球のハーモニー、
数学的原理が天界の動きや
人間の魂の組成にいたるまで、
宇宙全体を支えているという考えに
賛同していたと言われている。
その研究のなかで、
非常に興味深いのが、
ハルモニアの転位による
「魂の転位」という記述だ。
これらの思想を理論的に
音階論に反映したのが、
天文学者プトレマイオスの
『ハルモニア論』であった。
オクターブ両端の楽音が
基準音となるトノス
(オクターブ種、いわゆる旋法)
が変換すると、
つまりハルモニアの転位によって
エートスの違いが生じ、
それが
「魂の転位に一致する」
(『古代音楽論集』二七二頁)
としている。
このように、
古代から中世にかけては
音の響きと精神性が
密接につながっていると
考えられていた。
引用:『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』
ハルモニア音階というのは、
いわゆる古代ギリシャ音階と考える。
そのハルモニア音階それぞれに、
固有のエートスがある。
ハルモニア音階の転位によって
エートスの違いが生じ、
それが「魂の転位に一致する」。
推測すると、
魂に違う種類の影響を与える
という説である。
現代の平均律の全音階
(長音階、短音階)では、
転調してもあまり違いが分からない。
だが、
古代ギリシャ音階それぞれの特徴が、
魂に違った影響を与えると
考えられていたのだ。
そしてもう一つ。
プトレマイオスが考案した
天体のハーモニー、宇宙の音階という
大変興味深いものがあったので
紹介したい。
プトレマイオスが考案した
天体のハーモニーの体系は、
それ以前のものより複雑だった。
初期のピュタゴラス派の人々は、
完全な音階ではなく
八度と四度と五度の音程を
宇宙の配列に
結びつけたのかもしれない。
あるいは、
10の天体から成る宇宙は、
中心火と外縁の火が
八度の音程にあり、
その間にある音程が
すべて埋まりさえすれば、
完全な音階を
構成したかもしれない。
プラトンの「エルの物語」と
キケロの「スキピオの夢」には、
それぞれ八個と七個の
音からなる宇宙の音階が
示されていた。
引用:『ピュタゴラスの音楽』
プラトンの「エルの物語」と、
キケロの書いた「スキピオの夢」にも、
宇宙の音階が示されていたようだ。
それを基に、
プトレマイオスが考案した
宇宙の音階というものがあった。
プトレマイオスの考案した
宇宙の音階
地球 ハ(C)→月 二(D)→
水星 変ホ(D#)→
金星 ホ(E)→
太陽 ト(G)→
火星 イ(A)→
木星 変ロ(A#)→
土星 ロ(B)→
星々 二(D)
引用:『ピュタゴラスの音楽』
後世、
さまざまな音楽理論家や神秘思想家が、
宇宙の惑星と音階について述べている。
それぞれが考える音と惑星の対比が
違うのが厄介なのだが。
この哲学としての天球の音楽の思想は、
17世紀の天文学者
ヨハネス・ケプラーによって、
天文学の発見につながった。
それだけではない。
宇宙全体を調和させている力が、
実はハーモニーである。
という思想とも一致するのだ。
古代ギリシャ音楽と日本音楽の共通点
最後に、
プトレマイオスの『ハルモニア論』の
解説本において、
面白い記述があったので紹介したい。
完全4度の音程を
オクターヴに先立って
テトラコードという
実践的な形態において
原理的に認める点に、
古代ギリシア音楽の
決定的とも言える特質が
認められる。
もちろんオクターヴ離れた
二音の同質性は
同音という概念で
経験的に
認められていたのだから、
この原理的な表象は
オクターヴの事実を
排除するものではない。
オクターヴの調和の事実を
説明するにさいしても、
完全4度のエートスが
原理として採用されるのである。
この点において、
古代ギリシア音楽は、
完全5度を原理とする
近代音楽とは対照的に
性格づけられる。
古代ギリシア音楽には、
むしろ日本の伝統音楽に
近いものがあると
予想されるのである。
引用:『古代音楽論集』
これによると、
古代ギリシャ音楽は、
完全四度の原理を基としており、
近代音楽は完全5度の原理を
基にしている。
そういう違いがあるということなのだ。
これは大きな違いであるように思える。
だが、
どれがどういう意味を持つかは、
残念ながらまだ勉強不足で分からない。
以下のテトラコードの説明を
ご覧いただきたい。
語源は古代ギリシアの
4弦琴をさすが、
音楽理論用語としては
完全4度の音程をなす
2音間に二つの中間音をもつ
4音音列を意味する。
ただし、
この中間音の位置は
固定されたものではなく、
その数もかならずしも
二つとは限らない。
古代ギリシアの場合、
テトラコードは
音組織の基本的な単位とされ、
それを積み重ねることによって
完全音組織
(シュステマ・テレイオン)
が形成された。
アラブ音楽では、
弦楽器ウードの音律を
基本とした音組織が
用いられたが、
これは完全4度枠に
三つの中間音をもつ
テトラコードの
積み重ねによって
体系化されていた。
日本音楽では、
1オクターブ内の
二つの中心音(核音)が
完全4度枠をなし、
そこに一つの中間音を含む
テトラコードで
音組織が構成されていると
みなされている。
なお、
中世以降の西洋音楽では、
ヘクサコード(6音音階)が
音組織の基本的単位となり、
テトラコードは
あまり重要視されなくなった。
引用:日本大百科全書(ニッポニカ)
ここに書かれているように、
日本音楽も完全四度を原理とする
ということで、
古代ギリシャ音楽と日本音楽の
共通点もあったのだ。
古代ギリシャの旋法でも、
日本の伝統音楽でも。
次に聴くときは、
完全四度の枠を一つ、
耳で探してみてほしい。
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