今日は、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの音楽について探究してみたい。
1.ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの天啓の音楽
西洋音楽史を仏法真理の視点で探究していくなかで、ギリシャ音楽の隆盛の後、注目すべきは初期キリスト教の聖歌統一を掲げたグレコリウス1世(在590~604)にちなんで名づけられた「グレコリオ聖歌」が有名であるが、その「グレコリオ聖歌」の普及に力を尽くしたのがフランク王国のカール大帝(シャルルマーニュ国王)と言われている。
文化の異なる広域のキリスト教圏国家を、信仰と権威で治めるために、宗教的儀式としての「グレコリオ聖歌」という単旋律聖歌を統一して広めることによってローマ教会の典礼を普遍的なものとし、宗教的権威を高めたのである。
この「グレコリオ聖歌」の単旋律聖歌の流れのなかで、宗教的にも音楽家としても注目すべき女性が、1098年に生まれたヒルデガルト・フォン・ビンゲンである。
ドイツのビンゲンという土地のヒルデガルトという意味で、ベネティクト会系女子修道院長であり神秘家、音楽家であり、40歳のころに幻視体験してから預言者と言われた。ドイツ薬学の祖ともいわれ、薬草や宝石などの著作もあり、聖霊的霊から多数の預言を受け、著作として発表した。
幻視ができ、啓示を受ける能力を授かっていたヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、ベネティクト会の戒律を厳格に守る保守的な方であり、聖ウルスラというケルンの守護聖人の象徴である処女性と殉教者という部分に共感して多くの聖歌を残したといわれている。
多岐にわたる業績を残している女性だが、今回は音楽に絞って言行録や音楽を紹介していく。
『音楽の進化史』にはこのように紹介されている。
注目すべき作曲家の中でも最初期に現れた一人が、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンという女性である。ドイツの人で、素晴らしく聡明で想像力に富んでいた。一〇九八年に生まれた彼女は作曲家であると同時に、学者であり、修道女、詩人でもあった。預言者であり、外交官としての役割も果たしていた。ヒルデガルトの音楽は、一〇〇〇年近くが経った現在も愛好され、演奏されている。
引用:『音楽の進化史』P.41
ヒルデガルトの叙情的、内省的で、しかも独創性豊かな音楽は二つの時代の境目を象徴するようなものだろう。基本的には、単旋律聖歌とそう変わらないものだが、そこに彼女ならではの装飾を施している。それ以前の聖歌の多くが地味で無個性なものである(おそらく意図的にそうしている)のに対し、ヒルデガルトの音楽はより詩的であり、他にはない個性、スタイルを持っている。<中略>
いくつかの顔を持っていたが、特に音楽に関しては、単旋律聖歌の伝統からの逸脱を模索した最初の作曲家たちの一人として重要な存在である。
引用:『音楽の進化史』P.41
ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの創る音楽は「天啓の音楽」と言われ、単旋律を主体としつつ、天上界から啓示として降りてきた聖なる音楽、聖なる旋律を感じさせる音楽である。
聴いたことがない方もいると思うので、まずは一曲紹介したい。
「ヒルデガルト・フォン・ビンゲン / ヴォイス・オブ・ザ・ブラッド」
1曲目は、「おお血の赤さよ」。
ケルンの守護聖人ウルスラと1万1千の処女がアッティラたちフン族によって皆殺しにされた伝説に基づいて作られたもの。
現代の私たちが聴いている音楽とは違う、神秘的な単旋律が大変印象的である。
2.神を賛美する歌を歌うことの意味
この聖歌はキリスト教に基づく強い信仰と霊的価値観を持ちつつ、殉教などキリスト教的色彩を持つ波動が感じられるが、この聖なる歌を創るためには、ヒルデガルドはどんな思想、考え方を持っていたのだろうか。
『ビンゲンのヒルデガルト』に掲載された言行録には、次のように書かれている。
賛美の歌は聖霊によって天上的な調べに基づいて教会の中に根を下ろしています。体は生きた声を持つ魂の衣服です。ですから、体が魂と共に声によって神の賛美を歌うのはふさわしいことなのです。こうして、預言者的霊は、賢者や知識人が発明したシンバルやその他の楽器の喜ばしい音によって神がたたえられることをはっきり命じております。なぜなら、人間に役立ち、必要なすべての音楽は神が人間の体に送られたこの霊の息吹に由来するからです。したがって、あらゆる時に神をたたえることは正しいことです。また、人間はある歌を聞いて、魂の内の天上的な曲の性質を思い起こし、時として嘆息し、しばしばうめきます。それで、預言者は霊の本質を考え、知ってー魂はシンフォニー的な本性を持ちます。
引用:『ビンゲンのヒルデガルト』P.248
ヒルデガルトによれば、
「魂はシンフォニー的な本性を持ち、生きた声を持つ魂の衣服が体である。
体が魂と共に神の賛美を歌うのはふさわしいことであり、
預言者的霊は声や楽器の喜ばしい音によって神をたたえることを
命じておられる。なぜなら、すべての音楽は神が人間の体に送られた
この霊の息吹に由来するから。」
と説かれている。
この意味を考えてみると、
音楽は神の息吹であり、神の波動を表現するものでもあり、
魂はシンフォニー的な本性を持つなら、
声も神の楽器の一つとして多くの人々が
心の波長を一つにして
神を賛美し、神のために歌うことを
命じておられるのかもしれない。
神への信仰心の現れとして
神のために、神をたたえるために歌うことで、
神と一体となる道でもあるのだろう。
3.讃美歌の合唱は心の浄化をもたらす
『ビンゲンのヒルデガルト』の預言の部分には次のように説かれている。
多勢の声のようなこの音は快い合唱(シンフォニー)となり、気高い賛美を歌うものである。合唱は一致と融和に導き、天の住民の栄光と栄誉を繰り返し、こうして、言葉が明らかに語ることを高々と叫ぶ。
こうして、言葉は体を示し、合唱は霊を現す。天上的な合唱をもって神性を告げ知らせ、また、みことばは神の御子の人性を明らかにするから。
引用:『ビンゲンのヒルデガルト』P.297-298
聖歌を合唱するならば、
天上的な合唱をもって神性を告げ知らせ、
御言葉は神の御子の人性を明らかにする
と説かれている。
この意味で、神を賛美する讃美歌の合唱は、
宗教音楽として神の偉大さと尊さを表現し、
信仰心を高めるために
非常に大きな役割を果たしたのであろう。
合唱は硬い心を和らげ、甘美な思いを抱かせ、聖霊を招き寄せる。したがって、おまえが聞いている声は、多勢が声を高くすると、多数の声のようになる。純粋な愛と一致をもって歓喜する賛美は、忠実な人々にもはやなんの不和もない一体感を起こさせる。賛美はこの世に生きる忠実な人々に、心と口をもって至高の報いを強く憧れさせる。賛美の音はおまえの内に響きわたるので、苦もなく、遅れることもなく聞かれる。神の恵みが働くと、暗さと闇はことごとく運び去られ、肉体の病から生じる肉体的な感覚のなかにひそむ暗いすべてのものを清く、輝くものとする。
引用:『ビンゲンのヒルデガルト』P.299
合唱が硬い心を和らげ、聖霊を招き寄せるなら、
どんな性格の人も、頑なな心を持った人にも
神と同胞との一体感を起こすことができる尊い機会である。
そして、神の恵みが働くなら、
心の闇や憂いが消え去り、魂の浄化をもたらしてくださる。
最後にもう一つ、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの『エクスタシーの歌』を紹介したい。
これは、宗教者としての法悦、ともいえるテーマなのかもしれない。
現代に生きる私たちは、
クラシック音楽からポピュラー音楽に移り、
自分たちが楽しむための音楽、気持ちを上げるための音楽
として聴いているが、
新時代の音楽を探究する者としていま一度、
宗教音楽をとらえ直し、
正しい宗教観に基づいた霊性の音楽、
神を賛美する音楽、
天上界の調べを表現する癒しの音楽を
探究していきたい。
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