歌に祈りを込めるには

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今日は、念いが伝わってくる歌について探究したいと思います。

 

私たちが普段何気なく聴いている音楽のなかでも、

  • よく考えてみたら、音楽が心地よくて聴いているもの、
  • 歌詞がすごく共感できるから好きな曲、
  • なんだか祈りや念いが歌に乗って伝わってくるなと感じる曲

など、みなさんそれぞれ思い当たる曲があるのではないでしょうか。

 

私がものすごい念いが歌に乗っているなと感じたのは、

HYの366日という曲でした。

IFrame

 

私はHYのファンでもなんでもなかったのですが、

Spotifyで流しでヒットソング集を聴いていた時に、

この曲だけ心に直接食い込んでくるものがあると感じました。

 

この心境に共感する方には、絶大な人気がある曲だと思います。

また、最近歌詞とメロディーで念いが伝わってくるなと感じた曲は、

映画『さらば青春、されど青春』の「眠れぬ夜を超えて」です。

 

千眼美子さんが歌を歌っているということもありますが、

映画のシーンと相まって、歌詞が染み入ってくる曲でもあります。

IFrame

最近の極めつけは、宇多田ヒカルの『初恋』。

念いが歌詞に乗って心に直接響いてくる感覚があります。

 

巷にはたくさんの曲が溢れていますが、

歌詞の力、祈りの力がこもっている曲というのは、

まだ少ないのではないでしょうか。

 

どうしたら歌詞の力を宿せるのか

 

ではどうしたら、歌詞の力を宿した曲が作れるのか。

『知られざる天才作曲家 水澤有一「神秘の音楽」を語る』では、

次のように説かれています。

 

・HSU生の勉強として、何か述べろというんだったら、

まずは、「メロディー」だと思うんですよね。「どういうメロディーか」という。

楽器は、そのあとでもいいと思う。メロディーなんだと思うんですよ。

そのメロディーのもとは何かっていうと、まあ、この世的に表現できるっていうか、

勉強できるものとして、いちばん近いのは「詞」だと思うんですね。

作詞の「詞」だと思うんですよ。

やっぱり、言葉自体が響きを持ってますよね。

単なる散文というか、長い文章だけでは音楽にはなりませんけれども、

詞は、そのものが、ある意味での音楽になってますよね。(中略)

そうした詞を書く練習、つまり、詩の勉強なんかもなされて、

詩的な文章が書ける練習をされて、

それにメロディーみたいなのを付ける努力なんかをされるあたりが、

始まりになるんじゃないかなあと思うんですね。

引用:『知られざる天才作曲家水澤有一―「神秘の音楽を語る」』

 

ここでは、

「言葉自体が響きを持っており、

その響きを音にしたメロディーをつけることが、作曲の練習の始まり」

と言われていますが、

この言葉自体の響きを感じ取ることで、

浮かんでくるメロディーがあるかもしれません。

 

また、歌の歌詞は、短い言葉を使って表現した詩と言えますが、

詩の力について次のように説かれています。

 

・古来、聖人とか偉人とか言われた人たちは、大宗教家もそうですが、

残らず詩人です。大宗教家で詩人でなかった方はいません。すべて詩人です。

こうしてみると、「詩というもののなかには一つの何らかの力がある」

ということが言えると思います。

それは、「言葉に宿りたる感動の響き、調べ、

こうしたものをもって人々を揺り動かす」という力です。

引用:「大川隆法霊言全集」第39巻第2章

 

詩とは、「言葉に宿りたる感動の響き、調べ、

こうしたものをもって人々を揺り動かす」という力である。

 

歌の歌詞のクオリティーを上げ、

言霊を宿すような詩にメロディーをつけることで、

音楽として直接、心に響く歌になるのではないでしょうか。

 

・これは一つの方法論なのです。神は、地上に遣わした光の天使たちに、

詩という方法論をお与えになったのです。

光の天使たちは、みずから光の天使であることの証明のために、

美しい言葉を、この世ならざる言葉を、数多く語るようになっているのです。

神は、彼らに、その詩という武器でもって、

地上の人々を済度し、救わんとさせているのです。

引用:「大川隆法霊言全集」第39巻第2章

 

この詩とメロディーの力を探究することによって、

現代数多くある唯物的な音楽と差別化し、

天国的波動を宿す歌や曲を数多く生み出すことができるのかもしれません。

 

信仰に基づいた神の心に届く音楽

 

中世ヨーロッパでは、音楽は楽しみのための音楽ではなく、神に捧げる音楽であり、

信仰をもとにした音楽観がありました。

また古代ギリシャにおいても、聖霊を呼ぶ歌があり、

音楽の力は現在よりもっと大きな力があると認識されていました。

 

ギリシアの神話時代にさかのぼれば音楽は最初、

魔術的治療に悪霊を追い払う手段として考えられた。

ギリシア語で「 歌う 」という語は、

「魅する」「魔祓で直す」という意味をもつことから、

歌は本来呪術的であったことが示される。

それゆえ、音楽は疾病の治療のためであるが,病人の治療対象にではなく、

自然の中に奇跡を起こさせる音楽的諸力・作用・効力として見なされたのである。

引用:論文「音楽のちからの一考察」

 

音楽の霊的パワーを探究するならば、

歌にはもっと人の心に直接に作用する力があり、

調和を生み出す力があったのだと思います。

 

これからの新時代の音楽は、

唯物論的、楽しみのための音楽ではなく、

信仰に基づいた神の心に届く音楽、

霊的パワーを宿した音楽が必要なのではないでしょうか。

 

現代の音楽の流行も追いかけつつ、

どんな音楽が神の心に届く音楽といえるのか、

歌詞とメロディーの探究を深めていきたいと思います。

 

 

※本記事は、2018年5月27日に旧サイトに投稿した内容を修正・加筆したものです。

 

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プロフィール

 

arion

 

某教育機関で教員をしている傍ら、真理価値に基づく新しい文化づくりを探究中。

 

音楽と映画、歴史とラーメンをこよなく愛する40代。

 

新しい日本の未来のアイデアを提案していきます。

 

 

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