『フレディ・マーキュリーの栄光と代償』を考える

  • 2019年3月25日
  • 2022年4月10日
  • 音楽
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お久しぶりです。

最近はなかなかブログを

書くことができませんでしたが、

ライフワークである音楽探究から

少し書いてみたいと思います。

 

2019年に入り、音楽の秘密が次々と明かされ、

新時代の音楽の探究者にとっては非常に興味深い

書籍が数多く出てきています。

 

その一つは『ジョン・レノンの霊言』であり、

もう一つは

『公開霊言 QUEENのボーカリスト

フレディ・マーキュリーの栄光と代償』です。

  

以前ブログにも書きましたが、

私自身Queenのファンでしたし

バンドでコピーもしていたので、

非常にショックでもあり、

なぜあれだけいい曲を書くフレディーが

天国に還れないのかということについて

いろいろ考えました。

 

 

そして、この書籍をよく読んで、

音楽を奏でる人の心、

行動のもとにある考え方、宗教観が

天国と地獄を分ける

という結論に至りました。

 

フレディーの場合、ゲイを公表していましたし、

その思想に信仰心がなく、

その影響力が神の御心に反するもの(LGBT)を

広める行為に繋がってしまったということでした。

 

だから、大勢の人の前に立って、

「公人」となって影響力を持つ者は、

やっぱり、まねされてもいいような

振る舞い方をしなければ

ならないわけね。P67

 

だから、やっぱり、

真理は単純なんです。

善か悪かは、

「人に勧められるべきものか、

そうでないものか」

ということなんですよ。P.82

引用:『公開霊言 QUEENのボーカリスト フレディ・マーキュリーの栄光と代償』

 

あれだけファンに愛され、

映画『ボヘミアン・ラプソディ』では

多くの観客を魅了し、愛され続けているフレディ。

 

しかし、それでもなお天上界に

上がれていないという真実は、

音楽家にとって、思想や信仰がいかに大切か

ということに思い至ります。

 

この世で流行って多くの人々を楽しませ、

喜ばせればそれで偉大な音楽家じゃないか

という方もいるはずです。

それは、この世的に見れば大成功者であり、

多くのファンを魅了し、

喜ばせ続ける音楽家でしょう。

 

しかし、霊的価値観から見たら、

厳然として天上界の音楽と地獄界の音楽が分かれ、

影響力が大きいアーティストほど、

人の心に及ぼす影響もまた大きいということなのです。

 

この書籍のなかでは、

音楽映画の「アリー/スター誕生」を例にとり、

音楽界や芸能界における商業主義の堕落

について指摘しています。

 

音楽映画の「アリー/スター誕生」

でも、相手の彼はドラッグをやって、

最後、自殺していたでしょ?

そういうところがあるので、

やっぱり、無理はしているわけですよ。

これは、そうした音楽界とか

芸能界における商業主義だよね。

「商業主義による堕落」かな。

そういうところは

あるんじゃないかな。P.106

引用:『公開霊言 QUEENのボーカリスト フレディ・マーキュリーの栄光と代償』

 

最近ではピエール瀧がコカイン所持で捕まりました。

もともと電気グルーヴというミュージシャンであり、

俳優として数多くの映画・

ドラマに出演していましたが、

この逮捕によって上映差し止めなど

甚大な被害が出てしまいました。

 

「商業主義による堕落」というキーワードは、

売れれば儲かり、人気がでれば

いいアーティストという価値基準で

やってきた音楽業界・芸能界において、

過酷なプレッシャーに耐え兼ね

薬物に手を出してしまう人も出てくる

ということでもあり、

また売れれば何でも許される

風潮が出てきてしまうことでもあるでしょう。

 

結局、この商業主義という価値基準が、

音楽家を狂わせているのではないでしょうか。

 

本来、クラシックの音楽家はみな

信仰深く、神の世界を描くために作曲をしていました。

 

「音楽の唯一の目的は、

神の栄光が顕され、

人の魂が再生されることで

なければならない。」

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

 

「神様はどんな時でも私の目の前に

おられるのです。

私はその全能の力を感じ、

その怒りを畏れます。

でも一方で、

ご自身の創造物に対する愛、

あわれみ、優しさもわかるのです。」

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

 

「いかなる方法であろうと、

汝に心を向かわせ、

良き作品で豊かな実を結ばせ給え。」

ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 

引用:P.カヴァノー著『大作曲家の信仰と音楽』

 

現代では、音楽は楽しみのためのものではありますが、

人々の心を堕落に向かわせるような音楽であるならば、

何かが間違っているといわざるを得ません。

 

本来、音楽のもとには信仰があり、

偉大な音楽家には宗教的信条があり、

神の栄光を顕すために作曲をしていたのです。

だからこそ、霊感に満ちた偉大な音楽が

生まれたのだと思います。

 

新時代の音楽は、

まず神への信仰を強く持つことから

はじまるのだと感じます。

 

 

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