真なる自由とは何か

真なる自由とは何か
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今日は、自由についてすこし探究してみたいと思います。

 

大川隆法総裁が説かれている

「自由、民主、信仰」というキーワードは、

神の御心にかなった国家のあるべき姿というべきものでしょう。

 

この自由について、

民主主義体制下で保障されている自由、

全体主義体制のような監視社会からの自由、

というイメージがあるのかもしれませんが、

今一度、自由の意味について

考えてみる必要があります。

 

『ユートピア価値革命』では、

宇宙の二大原理である進歩と調和の原理のなかで、

進歩の原理の根源の力は、

実は各人に与えられた選択の自由と

創造の自由に起因する、

と説かれています。

 

進歩の根源の力が自由である以上、

私たちは自由というものについて

理解を深めなくてはならないでしょう。

 

今日は『ユートピア価値革命』から、

ポイントを確認してみたいと思います。

 

自由には、

①選択の自由と②創造の自由

があると説かれています。

 

そして、

自由には責任が伴う

とも説かれています。

 

選択の自由があるからこそ、

自分が選択の自由を行使した結果、

それが間違った選択だった場合、

反省が生まれるのです。

 

反省とは、選択の自由の結果を振り返り、

誤った選択であったならば、

どのように修正し、行動するかを

考えることです。

 

その反省の前には、

主体的自由による選択があったのです。

選択の自由なき行動に反省は生まれず、

責任なき自由にもまた反省は生まれない。

反省なくして、発展もまたないのです。

 

また、もう一方で創造の自由があります。

まず念いから始まる。

まず念いのなかで良きアイデアを出し続け、

行動として大いなるものののために

スプーン一杯の貢献をしていく。

 

真なる自由とは、

人生のなかで

選択の自由によって舵を取り、

創造の自由によって

人類の未来に智慧の貢献を積み重ねていく。

その人類の叡智の集積が、

歴史となり文明となってきたのでしょう。

この自由は、

自我我欲による自由ではなく、

自己保存の自由でもなく、

無責任の自由でもありません。

 

この意味において、

自由とは大いなるものに奉仕せんがための自由であり、

何かから逃れるための自由、

「何々からの自由」ではなく、

「何々への自由」でなければならない。

これは、いうならば

大いなる創造者へ向かう自由であり、

主なる神へ一歩ずつ近づいていく自由であるのです。

 

ゆえに真なる自由は、

「主なる神へ向かう自由」であり、

「反省からの発展」であり、

「中道からの発展」と同じ道であるのです。

 

だからこそ、進歩の根源の力は

真なる自由に起因するのではないでしょうか。

 

自由についての理解が深まれば幸いです。

 

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