AI社会における信仰の挑戦

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今日は、先日に引き続き落合陽一著『デジタルネイチャー』が描く未来社会と、

私たちを待ち受ける未来について探究してみたいと思う。

 

落合陽一氏は、第6章の終わりに、次のように書いている。

 

はるかな未来、人類の寿命と想像力を超えた領域にあっても

働き続けるであろうその指向性は、

もはや「テクノロジーそのものに宿った意志」と

みなしてもいいのかもしれない。

誰によるのでもなく、

誰に気づかれることもなく、

決定的な変化は起こっていくだろう。

引用:『デジタルネイチャー』P.221

 

落合陽一氏は、この第6章でジョージ・オーウェルのSF小説

『1984』のAIと全体主義によるディストピアにも触れつつ、

そのようなことは起こらないと説く。

「人間を中心とする世界観」から、「機械を中心とする世界観」へと

思考を転換したならば、コンピューターが推し進める

全体最適化は「死の概念」や「個人の幸福」といった人間の倫理観を

超越しており、わずか80年の人生を生きる人間の尊厳や基本的人権を

直接的に脅かす可能性は低いと説いている。

 

だが、やはりこの世界は、人間よりも機械が尊いとする

「人間機械論」の世界であり、人間の尊厳を脅かすような気がしてならない。

AIが管理する未来社会のなかで、レールの上に乗せられた生活は、

自由な選択をしているようでいてすべてがAIにとって

予定調和の世界に誘導するのではなかろうか。

その世界に、はたして人間の尊厳と真の自由はあるのだろうか。

 

11/23の産経ニュースでは、

2020年をメドに、AI(人工知能)を使って

人民の一挙手一投足を監視しようとする中国当局の状況について、

「AI搭載型の街頭防犯カメラで人民の行動を逐一、監視し、

ポイント制で人民をランク付けするという究極の監視社会が現実になり、

ポイントが減り、ランクが下がると日々の生活にどんどん不都合が生じるのではないか」

という趣旨のことが書かれている。

引用:2020年、中国が全人民を監視・ランク分けする国になるとのうわさ

 

大川総裁の霊言

『公開霊言 古代インカの王 リエント・アール・クラウドの本心』では、このように説かれている。

 

まあ、この流れは、もう、人工知能でしょう。

だから、AI(人工知能)というものが出てきています。

これは、ある意味で、神と競争しているようなものですよね。

もし、人間よりも正しい判断ができるものができて、人間よりも先が読め、

人間よりも間違いの少ない、害を及ぼさない決定ができるものが完成してきたら、

それは、コンピュータ系のほうが、“この世における神”になる可能性は高いでしょう。

その時代は、もうすでに来ているかもしれませんね。(中略)

その意味では、これから、まだ、あなたがたが死なないうちに、

人間性が機械性に取って代わられて、

“機械信仰”みたいなものがすごく強くなる時代になってくる可能性は、

極めて高いと思いますね。

引用:『公開霊言 古代インカの王 リエント・アール・クラウドの本心』

 

デジタルネイチャーに描かれる未来社会は、

AIが”この世における神”となる

”機械信仰”の世界となっていく社会

ではなかろうか。

 

 

機械文明に対する信仰の挑戦

 

落合陽一氏は、続けて次のように書いている。

 

コンピュータがもたらす全体最適化による

問題解決、それは全体主義的ではあるが、

誰も不幸にすることはない。

全体最適化による全体主義は、

全人類の幸福を追求しうる。

現在の世界の枠組みを超越するための

「新しい<自然>」の発明、

これはその始まりに共有されるべき

新しいビジョンなのだ。

引用:『デジタルネイチャー』P.221

 

信仰者としてこの問題を考えるならば、

唯物論的思考による全体最適化による全体主義は、

全人類の不幸をもたらし、機械に隷属する平等と、

自由の死をもたらすのではないかと危惧する。

 

未来社会がAIによる機械文明になることが避けえないならば、

人間機械論的考え方ではなく、霊的人生観や人間の尊厳を重視する

信仰に基づく考え方をもとにして、AIの未来社会を描くことは

できないだろうか。

 

戦後日本と共産主義国以外の大多数の世界の国々は、

信仰に基づく信仰国家であるはずである。

 

根本の思想に信仰と霊的人生観をもとにしたうえで、

AIによる未来社会の構想を描くことこそ、

信仰者としてなすべきことでもあるだろう。

 

『公開霊言 古代インカの王 リエント・アール・クラウドの本心』では

次のように説かれている。

 

もう今、あっという間に、今までの文明が滅びようとしている可能性は高いんです。

その新しいコンピュータ文明のなかに、過去の文明、

二十世紀までの文明は、吸い込まれて消えようとしている。

その先にあるものは何かと言うけれども、

「宇宙文明」が、進化形としてはあるんですよね。

だけど、その宇宙文明のなかに、やはり、

私たちが経験したのと同じものが、たぶん出てくる。

「テクノロジーの優位でもって人間をリードできれば神である」と称する人たちと、

「それだけではない」と考える人たちとの二種類が出てくる。

だから、そのへんを選び分ける教えが必要になるでしょうね。

引用:『公開霊言 古代インカの王 リエント・アール・クラウドの本心』

 

この未来は、かつて経験した未来であり、

「宇宙文明」に向かう私たちは、

「テクノロジーの優位で人間をリードできれば神」と称する人たちと、

「それだけではない」と考える人たちの二種類がでてくると説かれている。

 

この未来社会で、

信仰を持つ者が、持つべき心構えとは何だろうか。

 

ただ、言えることは、

「信じるということの大切さを忘れないでいなさい」ということと、

「この世的に利益になるものでも、ならなくとも、

人を信じ愛するということは大事なのだ」

ということを知りなさいということですかね。

そうしたつながりを失って、

完全に「人間機械論」を憲法に書き込むようになってきたら、

宗教としては一定の“死滅”を迎えることになるということですね。

引用:『公開霊言 古代インカの王 リエント・アール・クラウドの本心』

 

『天照大神の神示 この国のあるべき姿』には、次のように説かれている。

 

人間を「機械」と置き換える思想になってはいないかどうか。(中略)

それは、「人間機械論の完成」を意味することになります。

人間が人間として、この世に生まれ、生き、死んでいく理由は、

「この世に生きている間に、何らかの新しい価値を創造した」

ということにあります。それが大事なのです。

機械の発達のために働いている人も多くいるとは思いますけれども、

機械にはできない仕事に対して挑戦し、人間として、

新しい価値を生み出すことを生業とする人々が

増えていくことを、心の底より望みます。

引用:『天照大神の神示 この国のあるべき姿』

 

来るべき未来文明がどのような方向に向かうかは、

私たち信仰者の決意と挑戦にかかっているのではないだろうか。

 

人間の尊厳を護り、新しい価値を創造する人間が

数多く生まれる社会の到来を切に願う。

 

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プロフィール

 

arion

 

某教育機関で教員をしている傍ら、真理価値に基づく新しい文化づくりを探究中。

 

音楽と映画、歴史とラーメンをこよなく愛する40代。

 

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