世界を救う日本の志について

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今日は、世界を救う日本の志について、探究してみたいと思います。

大川隆法総裁は、『フランクリー・スピーキング』のなかで、次のように説かれております。

ギリシャから興って西に回った文明がアメリカへ渡って、日本に来た。

また、東洋の文明も、インドから始まって中国に渡り、韓国を通って日本に来た。

この洋の東西の文明が、今、日本というところに流れ込んで来ているのです。

この歴史の流れを見ますと、ここに、新しい大きな文明なり文化なりが

生まれる歴史的な必然性があると私は思います。

そして日本に生まれた文化、文明というものが、

過去の文明が日本に流れ込んできたように、

もともと歴史的に先輩であったところに逆流出する時代がこれから来る。

これが、何千年単位で歴史を見たときに見える見取り図です。

(『フランクリー・スピーキング』第2章)

 

日本という国は、歴史上でもまれに見る文化の融合を遂げた国であり、

100年以上前に起こった明治維新も、黒船来航からわずか15年で

日本の国を治めていた江戸幕府が崩壊しました。

 

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神の芸術と個性について

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今日は、神の芸術と個性について、探究してみたいと思います。

ゴッホの霊言では、次のように説かれています。

「あなた方の真理だとか、道徳だとかいうもののなかには、

人との協調を大事にするような気持ちもあるだろうと思うけれども、

そうしたものに対する妥協を許さない情熱、こういうもののなかにも、

やはり真理はあると思うんですね。この辺を間違えてはいけない。

結局、人間というものは、自分のなかでいちばん光っているものを中心に、

神の芸術を創っていけばよいのです。

頭のある人は頭を、眼のよい人は眼を、耳のある人は耳を、手のある人は手を、

それぞれ自分のいちばん優れたるものを使って、

神の宇宙芸術を手伝っていくという考えが大事ではないか、

私は、このように思うわけです。」

(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊言より)

 

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芸術の感動の源にあるものとは

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今日は「芸術の感動の源にあるものとは」について探究してみたいと思います。
 
 
月刊誌「are you happy?」2013年10月号は芸術特集。
 
その中の大川隆法総裁ご論考のなかで、次のように書かれています。
 
 
「人に感動を与える芸術のもととなっているものは、意外にも、私は宗教だと思います。
 
(中略)美しい言葉が永遠に遺っているところがあるので、宗教というのは、
 
芸術に極めて近いところにあるものではないかと感じている次第です。」
 
「芸術というのは宗教に極めて近いもので、実は、
 
神の言葉を書き言葉以外で表現するものが芸術だというふうに、私は考えております。
 
そういう意味で、宗教性が高まれば高まるほど、
 
芸術性も高いものになっていくと思います。」
 
 
 
古来より、神の言葉は語り継がれ、人々の魂を揺さぶり、感動を与え続けてきました。
 
宗教は、神の言葉を伝えるものであり、仏陀やイエス・キリストやマホメットなど、
 
何千年も遺っているものには、その言葉のなかに、
 
人種を超えた世界中の人々の魂が救われ、感動してやまない何かがあるのです。
 
 

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新時代の芸術家の仕事について

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今日は、新時代の芸術家の仕事について探究してみたいと思います。
 
 

 『「一目見て心打つ」というのは大事なことなんですよ。

じっくり見れば立派に見えてくるというのもあるけれども、
 
「一目見て心を打つ」という絵は、やはり、魂の奥底から出てくるものだ。
 
この大胆さは美の確信だな。美への確信、揺るぎない自信がなければ、
 
大胆なこの画想といいますか、そうしたものが湧かんのですよ。
 
その美への確信がない人が絵を描くと、てきとうなところでごまかす。妥協する。
 
人々にそこそこよく言われそうな、よく売れそうな絵をかく。
 
しかし、美への絶対的確信がある人は大胆です。』
 
(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
 
 

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新時代に求められる芸術の方向性について

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今日は、新時代に求められる芸術の方向性について探究してみたいと思います。
 
ピカソ霊示集によれば、
 
「新時代は総合的な霊文化の時代になる」
 
と説かれています。
 
また、その一端を担うものとしての芸術、絵画や詩や文学などが重要であり、
 
その方向性は
 
「人間の心にプラスする、この方向性がなければ、もはや
 
芸術としての存在基盤がありえない」時代となる、
 
言い換えればなんらかの悟りのよすががなければ
 
芸術として成り立たない時代となる
 
ということです。
 
その前提を踏まえ、新時代にどのような芸術が求められるのか、
 
具体的にこう説かれています。
 
 

『 新しい時代の到来を告げる絵画の続出が予想されるわけです。

新世界、あるいは、新たな真理の像についての絵画、
 
こうしたものが要請されるのではないのか。
 
このように私は思います。
 
これからは、もっと、「新しい局面を絵にかいていく」
 
という作業が必要であろうと思います。
 
そして、この地上を去った世界では、四次元世界、五次元世界、六次元世界、
 
さまざまな世界が展開しておりますが、できるならば、
 
こうした世界の様相をも絵画にしていく画家が欲しい。
 
こうした霊の世界を、人々に視覚によって訴えかける画家が欲しい
 
天才的な画家であって、こうした霊的世界を人々に教える画家が欲しい。』
 
(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)

 
 

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新時代の展望について

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今日は、新時代の展望について探究してみたいと思います。 

 
「今、日本全体を見ると、長く積み重ねてきた文化として、どちらかといえば、
 
無個性化、没個性化の流れがあり、個性をあまり出さないように
 
努力した者が生きのびるカルチャー(文化)が強いようです。」
 
(大川隆法著「未来の法」より抜粋)
 
 
「未来の法」によれば、日本には「個性を隠せた人は賢い」という感覚があり、
 
「個性を隠し、無個性化出来た人間、本心を悟られずに生きられた人間が偉くなっていく」
 
という傾向があると説かれています。
 
 

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新時代の局面を開くためには

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今日は、新時代の局面を開くためには、ということを考えてみたいと思います。
 

『 私は「多数決の時代はもう終わった」と思います。

多数決の時代は終わって、やはり、優れたる個の時代です。優れたる個性の時代です。

優れたる個性が、おそらく時代をリードしていくであろう。私はそう感じますし、それに間違いがないと思います。

優れたる個性の時代です。

そうであるならば、時代をリードしていく人は、優れたる個性を持たねばいけません。

優れたる個性というものは、他の者と同じであってはいけない。

自分の突出した性格、性質、能力を、思う存分に発揮する。そして、社会的に、ある程度、認められる。評価を得て、それ以外の世界をど

んどんと出していく。こういうことが大事であろうと私は思います。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」より)

 

 
 
現代という時代は、民主主義の時代であり、自由主義国においては、
 
多数決においてリーダーが選ばれ、多数決において法案が可決され、
 
物事が決まっていく時代です。
 
もちろん、共産主義や社会主義国もありますが、その流れは
 
マルクス主義の文明実験が失敗したにもかかわらず、
 
旧体制が未だに残っている過去の体制でしかありません。
 
 

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新時代の芸術の価値基準について

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今日は、新時代の芸術の価値基準について、探究してみたいと思います。
 
 

『 これからは、もう、単なる写実の時代でもなく、単なる色彩の時代でもない。

単なるハーモニーの時代でもないであろう。これが間違いのないことであろうと私は思います。

新時代というものは、もう、「人間の心にプラスする方向性がなければ、もはや芸術としての存立基盤があり得ない」

 
という時代でもありましょう。おそらく、そういうふうになります。

絵画そのもののなかに、やはり、何らかの真理のよすが、悟りのよすががなければ、絵画として、意味のない、
 
値打ちのないものとされる時代となってくるでありましょう。

絵画というものは、本来、人に、神の世界を教え、生き方を教え、美とは何かを教える、
 
そうした教育的なる役割を数多く持っているものです。

こういう意味において、時代のリード役としての画家が活躍する時代が近づいているように思います。』
 
(大川隆法著『ピカソ霊示集』より抜粋)

 
 
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インスピレーションを受ける器について

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今日は、インスピレーションを受ける器について考えてみたいと思います。
 
 
 
『 すべて、そうなのです。詩だってそうです。詩を書く人はたくさんいます。
 
この詩も、結局は霊界にあるものなのです。
 
それを、詩人という通路を通じて、この世に送り出しているのです。
 
ただ、その通路、パイプの出来具合によって、
 
ほんとうにいい着想の詩が駄作に終わってしまうこともあります。
 
その出方はいろいろです。けれども、やはり、天上界にあるのです。』
 
(大川隆法著「ピカソ霊示集」より抜粋)
 
 
 
この世的に見れば、私たち人間は自分のアイデアや着想で
 
作品を作っているようにも思えますが、およそ偉大な芸術家や
 
小説家の発想をみれば、この世離れした発想、ストーリーや
 
ビジョンなど、ある種の”ひらめき”が必ず関わっています。
 
 
それは霊的価値観から見れば、あの世と呼ばれる天上界、霊界から
 
もたらされた理念であり、着想であり、贈り物でもあります。
 
 

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作品に込められた霊的波動について

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今日は、作品に込められた霊的波動について考えてみたいと思います。
 
 
 
『人間の目には同じように見え、たとえば同じ形の机をつくっているように見えても、
 
それをつくった人の人生観なり哲学なりの霊的波動は、
 
一つ一つの机のなかにこもっていて、神の目から見ると違うのです。
 
これは、芸術家の創った彫刻などでも同じなのです。
 
あるいは、芸術家のデザインした建物などでも同じです。
 
「何かはわからない霊的なものが、そこにある」ということです。
 
そして、「高きから低きに流れる」という、その水準は確固としてあるのです。』
 
(大川隆法著『ピカソ霊示集』より抜粋)
 
 
 
人間の目には同じように見えても、そこに込められた霊的波動によって、
 
神の目から見ると違って見える、とはどういうことでしょうか?
 
 

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